• 中秋の名月の時季になると月にいろいろと注目が集まる。

    火星の地名で一番好きなのは「サバ人の湾」だが、月の地名でダントツで好きなのは「既知の海 (Mare Cognitum)」。何が既知なの、意味不明じゃん、と思うわけだが、これは元々名前がなかった海に1964年に命名したもの。他の「静かの海」「雨の海」などは、17世紀にグリマルディとリッチョーリの月面図で使われた名前が現在も使われているので、それらと比べると「既知の海」はなんか浮いている。

    NASAがアポロ計画の前に月面の詳細データを得るために「レインジャー計画」という無人探査ミッションをやったのだが、レインジャー1〜6号はずっと、打ち上げ失敗とか、月に到達できずとか、探査機が故障とかで失敗が続いていた。1964年7月のレインジャー7号でようやく、月面への「硬」着陸(衝突)・大量の写真撮影・撮影した写真の地球への送信をすべて成功させた。これを受けて、「月に関する新たな知識を得られた」という意味を込めてこの名前が命名されたということになっている。

    こういう話も、アポロ計画をリアルタイムで経験した60代以上の天文ファンならそこそこ知っている話なのだろうが、自分は知らなかった。日本語版 Wikipedia でも、

    1964年にアメリカの無人月探査機レインジャー7号が衝突したのは既知の海の領域(南緯10.4度、西経20.6度)であった。

    既知の海 – Wikipedia

    と書かれているが、それは因果関係が逆で、レインジャー7号が降りた場所だから「既知の海」と命名されたわけですね。Wikipedia 日本語版は20年経っても個々の記事はこのくらいのクオリティなので、調べ物にはあまり使う気がしない。

    USGSの天体地名データベースでは、

    Approval StatusAdopted by IAU
    Approval Date1964
    Origin“Sea that has become known.” Ranger VII impact site.
    となっている。「既知になった海」という感じ。日本語で「既知の」というと well-known みたいな感じで、has become known という現在完了形のニュアンスは含まないので、少しずれを感じる。「認知の海」とかだったらよかっただろうか。それもなんか変だな。「新知見の海」とか。

    googleで “Mare Cognitum” を検索すると米国のメタルバンドの情報ばかり出てくるのが辛い。

  • 来週。

    https://www.nobelprize.org/prizes/lists/all-nobel-prizes/

    天文・宇宙物理が来るかどうかは分からないが、「そろそろ獲るのでは or 俺だったらあげるね」リスト2023。

    • 重力レンズ像 (SBS 0957+561) の発見
    • 大規模構造の発見
    • 冥王星以外の海王星以遠天体 (1992 QB1) の発見
    • Gunn-Peterson の谷の検出 (SDSS)
    • 宇宙論パラメータの決定 (WMAP)
    • バリオン音響振動の検出 (SDSS)

    「いつか獲るかもしれないが今じゃない」リスト。

    • インフレーションモデル
    • ブラックホールシャドウの直接撮像 (EHT)
    • 重力理論と量子論の双対性の発見(ブラックホール熱力学、ホログラフィー原理、AdS/CFT対応)
  • リーダーの方がお休みで人手が足りないとのことで、久しぶりに出社。エレベーターのないビルとの間を3往復してバテた。職場もなんか微妙に蒸し暑くて消耗する。

    都心に出るたびに、新しいビルがどんどん建ったり、歩く人たちがみんな若くて綺麗で溌剌としていたりして、地元で仕事をしている自分が世の中から取り残されているような気分になる。そのうちに世間と感覚がどうしようもなくずれて、自分の生み出すものに需要がなくなるのではないかという予感。恐怖心というのとはちょっと違い、じゃあ都会の感覚に必死で付いて行こうとも思わないのだが、自分は「先頭集団」の中にはもういないという実感がある。

    まあ、無借金で暮らせているというのと、親がまだ要介護でないというだけでもありがたい。全然良くないが、とんでもなく悪いというほどでもない。

    原稿を書かないと。

  • 記念すべき500回目の問題、1回で当たったので驚いた。

    頻度分布の考察から、最初の2つは CLOSE, TRAIN にすると最近決めていて、CLOSE が当たったという。もう二度とないだろう。

    試行の平均値は3.992回。400回のときよりわずかに悪化した。最近は早く当てるよりも連勝に注力している。最近100回のうちに34連勝まで延ばすことができた。30連勝を超えるとなかなか続かなくなる。

    勝率は95%でサチっている。つまり20回に1回は負けているわけなので、負けるまでにかかる試行回数の確率分布は λ = 1/20 の指数分布に従う。よって、40連勝を超える確率は、1 – (1 – e-40/20) = 0.135。連勝トライを7.38回繰り返して1回達成できる程度。道は遠い。

  • 旧聞の消化シリーズ。市川沙央さんの芥川賞受賞コメントをめぐるツイートについて。

    https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/613181

    市川さんは、障害を持つ人にとっては読書や執筆という行為自体が難しいという「機会をめぐるバリア」について話しているので、数字を持ち出して受賞の確率云々を論じるのがそもそもずれているのだが、この数字自体も怪しいところが自分には気になった。こういうツイートでも1.3万いいねとかに達してしまうのはちょっと。

    「重度障害者」という用語には、調べてみると実は統一的な定義は見当たらないのだが、障害者雇用促進法でいう「重度障害者」は、身体障害者手帳の1・2級、もしくは3級で障害が複数ある人(重度身体障害者)、または療育手帳の等級がA(重度)の人(重度知的障害者)となっている。企業の障害者雇用率を計算するときに使う定義がこれ。

    重度障害者医療費助成という制度もあり、これは自治体ごとに運用されていて「重度」の定義が自治体によって違う。埼玉県は身体障害者手帳の1〜3級 or 療育手帳のマルA・A・B or 精神障害者保健福祉手帳の1級が対象。

    そんな感じで統一的定義がないが、とりあえず各区分の等級ごとの人数は、最新の平成28年の統計で以下の通り。

    • 身体障害者手帳所持者 428.7万人
      • 1級 139.2万人
      • 2級 65.1万人
      • 3級 73.3万人
      • 4級以下・不詳 151.2万人
    • 療育手帳所持者 96.2万人
      • 重度 37.3万人
      • その他 58.9万人
    • 精神障害者保健福祉手帳所持者 84.1万人
      • 1級 13.7万人
      • 2級 45.2万人
      • 3級・不詳 25.2万人

    この統計の第7表を見ると、「65歳未満で身体障害者手帳1級」の人数が36.9万人となっているので、上記ツイート主はこの数字を引用したのかもしれないが、これを重度障害者の数とするのは過小すぎる。障害者雇用促進法の定義を援用すれば、(3級で複数の身体障害を持つ人を除いて)少なくとも241.6万人が重度障害者ということになる。統計の対象年である平成28年の日本の人口は1億2693万3000人なので、日本国民の52.5人に1人が重度障害者ということになり、「337人に1人」というツイート主の見積もりは少なすぎる。

    また、芥川賞は今回が第169回だが、1回に2人受賞することもあり、受賞者なしという年もあるので、正確に数えるとこれまでの受賞者数は181人となる。

    まとめると、日本国民からランダムに1人選んだときに重度障害者である確率は1/52.5もあるのに、今回市川さんは過去181人の受賞者で初の重度障害者ということになり、やはりあと2、3人はすでに重度障害者が受賞していてもおかしくなかったのでは、という話になる。(受賞頻度が有意に低いのかどうかは統計的検定をすればいいのだろうが、よく分からないので割愛。)

    蛇足だが、ツイート主の「中央値」の認識も何だか謎(これはリプで突っ込まれている)。「確率 p で起こる事象が初めて起こるまでにかかる試行回数」の分布は、離散的な事象だと思えば幾何分布、連続的な事象(試行回数ではなく、事象が初めて起こるまでの所要時間)だと思えば指数分布というものになる。平均値は 1/p、中央値は (log 2) / p なので、今回のケース (p = 1/52.5) では中央値は約36回となる。181回もかかるというのは平均値からも中央値からもかけ離れている。

    市川さんのインタビュー。

    https://www.businessinsider.jp/post-275149

    例えばATMとか、コンビニのコピー(各種発券)機とか、車椅子だと画面がまったく見えず、使えません。この社会に障害者はいないことになっているので……。

    インフラはもちろんとして、高い公共性のある機器やシステム、イベント運営のルールなどは多様な利用者を想定し、テストしながら設計するべきではないかと思います。


    「この社会に障害者はいないことになっている」芥川賞・市川沙央が語った10の言葉 | Business Insider Japan

    「そういうときは店員が補助します」という建前になっているのだろうが、一人で使える形になっていないこと自体が不平等であるというのはその通り。そこを完全に平等にするには非常にコストがかかるが、「助け合う社会でありたいですよね」というのと「誰かしらが助けてくれるように算段を付けておくからそれで我慢しろ」というのは別の話だしな。