astronomy

タイガースとハレー彗星

1985年の阪神優勝は今でも覚えている。西武沿線に住み、父も西武を応援していたのでうちはライオンズファンだった。しかしバース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発に象徴されるように、あの年のタイガースの勢いは広岡西武をもってしても止められなかった。テレビ中継に映った西武球場のスタンドが 4/5 くらい黄色で埋め尽くされ、一角だけがかろうじて青色だったのを見て、あ、これはやられるかもな…と思った記憶がある。(翌’86年に森祇晶監督が就任して西武は黄金時代を築くわけですが)

今年のタイガース日本一はあれから38年ぶりとのことだったが、’85年の日本一のときも「38年ぶり」と言われていたのをよく覚えている。また、翌1986年はハレー彗星が回帰した年であり、ハレー彗星の公転周期は約76年であり、76は38の倍数である。…というようなことを一度に思い出し、以下のツイートをしたらなんかバズった。

ハレー彗星の次の遠日点通過日は、ステラナビゲータ12で見ると上記の通り2024年4月30日頃なのだが、巷では来月、つまり12月に遠日点を通過するという報道もある。

「12月に遠日点通過」という根拠は、NASA JPLが運営している太陽系小天体の軌道計算サービス「Horizons」で、12月9日に遠日点を通過するという計算結果になっているためだと思われる。

(下記の「RG」が日心距離 (au))

2460279.500000000 = A.D. 2023-Dec-01 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716759959480E-01 RG= 3.514345628359334E+01 RR= 1.836580548681551E-06
2460280.500000000 = A.D. 2023-Dec-02 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716859271099E-01 RG= 3.514345800312073E+01 RR= 1.602469834265242E-06
2460281.500000000 = A.D. 2023-Dec-03 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716945060848E-01 RG= 3.514345948852419E+01 RR= 1.368332600544721E-06
2460282.500000000 = A.D. 2023-Dec-04 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717017327173E-01 RG= 3.514346073977681E+01 RR= 1.134168039206016E-06
2460283.500000000 = A.D. 2023-Dec-05 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717076068467E-01 RG= 3.514346175685078E+01 RR= 8.999750295097015E-07
2460284.500000000 = A.D. 2023-Dec-06 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717121283044E-01 RG= 3.514346253971692E+01 RR= 6.657521159755958E-07
2460285.500000000 = A.D. 2023-Dec-07 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717152969128E-01 RG= 3.514346308834445E+01 RR= 4.314974951278986E-07
2460286.500000000 = A.D. 2023-Dec-08 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717171124826E-01 RG= 3.514346340270063E+01 RR= 1.972090148362347E-07
2460287.500000000 = A.D. 2023-Dec-09 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717175748114E-01 RG= 3.514346348275036E+01 RR=-3.711580686817683E-08
2460288.500000000 = A.D. 2023-Dec-10 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717166836813E-01 RG= 3.514346332845598E+01 RR=-2.714797389564527E-07
2460289.500000000 = A.D. 2023-Dec-11 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717144388579E-01 RG= 3.514346293977685E+01 RR=-5.058857619174909E-07
2460290.500000000 = A.D. 2023-Dec-12 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717108400893E-01 RG= 3.514346231666939E+01 RR=-7.403369573132756E-07
2460291.500000000 = A.D. 2023-Dec-13 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029717058871057E-01 RG= 3.514346145908688E+01 RR=-9.748363550016134E-07
2460292.500000000 = A.D. 2023-Dec-14 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716995796206E-01 RG= 3.514346036697968E+01 RR=-1.209386742254793E-06
2460293.500000000 = A.D. 2023-Dec-15 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716919173325E-01 RG= 3.514345904029562E+01 RR=-1.443990437959706E-06
2460294.500000000 = A.D. 2023-Dec-16 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716828999284E-01 RG= 3.514345747898049E+01 RR=-1.678649049393227E-06
2460295.500000000 = A.D. 2023-Dec-17 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716725270887E-01 RG= 3.514345568297898E+01 RR=-1.913363220981803E-06
2460296.500000000 = A.D. 2023-Dec-18 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716607984937E-01 RG= 3.514345365223569E+01 RR=-2.148132418104414E-06
2460297.500000000 = A.D. 2023-Dec-19 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716477138300E-01 RG= 3.514345138669641E+01 RR=-2.382954761893252E-06
2460298.500000000 = A.D. 2023-Dec-20 00:00:00.0000 TDB 
 LT= 2.029716332727998E-01 RG= 3.514344888630954E+01 RR=-2.617826949074958E-06

はじめ、Horizonsとステラナビゲータでずれるのは元にした観測データの違いかと思ったが、それにしても4か月もずれるのは大きすぎる気がして、ステラナビゲータの中の人に聞いてみた。

周期彗星の軌道は楕円で、面積速度が保存されるように運動するというのがケプラーの法則だが、これは太陽と彗星の二体問題だと仮定した場合の話で、実際には他の惑星から受ける重力もあり、彗星核自身が物質を放出した反作用で力を受けるとか、太陽光から光圧を受けるとか、いろんな摂動が働くので、厳密にはケプラー運動から常にずれている。

Horizonsの計算はこうした摂動を考慮しているが、ステラナビゲータではハレー彗星の位置は単に、「直前の近日点通過ごろのある時刻における位置・速度を初期条件として求まる楕円軌道」に従ってケプラー運動する、というふうに扱っている。要は一般向けシミュレーションソフトとして、膨大な数の天体を「そこそこの精度で高速に」描画することを優先させている。…というのが、「1回帰ごとに1種類の接触軌道要素を使っている」の意味。まあそんなわけなので、計算精度としてはHorizonsの方が信頼でき、遠日点通過は12月9日が正しい。

既知の海

中秋の名月の時季になると月にいろいろと注目が集まる。

火星の地名で一番好きなのは「サバ人の湾」だが、月の地名でダントツで好きなのは「既知の海 (Mare Cognitum)」。何が既知なの、意味不明じゃん、と思うわけだが、これは元々名前がなかった海に1964年に命名したもの。他の「静かの海」「雨の海」などは、17世紀にグリマルディとリッチョーリの月面図で使われた名前が現在も使われているので、それらと比べると「既知の海」はなんか浮いている。

NASAがアポロ計画の前に月面の詳細データを得るために「レインジャー計画」という無人探査ミッションをやったのだが、レインジャー1〜6号はずっと、打ち上げ失敗とか、月に到達できずとか、探査機が故障とかで失敗が続いていた。1964年7月のレインジャー7号でようやく、月面への「硬」着陸(衝突)・大量の写真撮影・撮影した写真の地球への送信をすべて成功させた。これを受けて、「月に関する新たな知識を得られた」という意味を込めてこの名前が命名されたということになっている。

こういう話も、アポロ計画をリアルタイムで経験した60代以上の天文ファンならそこそこ知っている話なのだろうが、自分は知らなかった。日本語版 Wikipedia でも、

1964年にアメリカの無人月探査機レインジャー7号が衝突したのは既知の海の領域(南緯10.4度、西経20.6度)であった。

既知の海 – Wikipedia

と書かれているが、それは因果関係が逆で、レインジャー7号が降りた場所だから「既知の海」と命名されたわけですね。Wikipedia 日本語版は20年経っても個々の記事はこのくらいのクオリティなので、調べ物にはあまり使う気がしない。

USGSの天体地名データベースでは、

Approval StatusAdopted by IAU
Approval Date1964
Origin“Sea that has become known.” Ranger VII impact site.
となっている。「既知になった海」という感じ。日本語で「既知の」というと well-known みたいな感じで、has become known という現在完了形のニュアンスは含まないので、少しずれを感じる。「認知の海」とかだったらよかっただろうか。それもなんか変だな。「新知見の海」とか。

googleで “Mare Cognitum” を検索すると米国のメタルバンドの情報ばかり出てくるのが辛い。

ノーベル賞

来週。

天文・宇宙物理が来るかどうかは分からないが、「そろそろ獲るのでは or 俺だったらあげるね」リスト2023。

  • 重力レンズ像 (SBS 0957+561) の発見
  • 大規模構造の発見
  • 冥王星以外の海王星以遠天体 (1992 QB1) の発見
  • Gunn-Peterson の谷の検出 (SDSS)
  • 宇宙論パラメータの決定 (WMAP)
  • バリオン音響振動の検出 (SDSS)

「いつか獲るかもしれないが今じゃない」リスト。

  • インフレーションモデル
  • ブラックホールシャドウの直接撮像 (EHT)
  • 重力理論と量子論の双対性の発見(ブラックホール熱力学、ホログラフィー原理、AdS/CFT対応)

四度目の正直を目指すXRISM

H-IIA 47号機が打ち上げられ、相乗りだったX線観測衛星XRISMと月着陸機SLIMがともに正常に分離された。始まったばかりだが、最初のハードルを越えたという感じ。

日本初、世界で5か国目(ソ・米・中・印の次)の月軟着陸を目指すSLIMも非常に大事だが、自分はXRISMの方に思い入れがある。XRISMの高分解能X線分光器「Resolve」は実質的に3回連続で死んでいる、ISASにとって悲願の観測装置だから。

天文学の観測の柱として、画像を撮る「撮像」と天体のスペクトルを得る「分光」がある。今は両方同時にできる撮像分光装置というのもよくある。X線の分光器にもいろいろあるが、Resolveはマイクロカロリメーターという方式で、X線光子を受けて素子の温度が上がるのを精密に測定して光子のエネルギーを決める。波長(エネルギー)の分解能 E/ΔE が数百〜1000くらいと非常に良いが、液体ヘリウムを使って10-2Kという極低温まで装置を冷やす必要がある。

日本のX線観測衛星は、4代目の「あすか」(ASTRO-D) が1993年に上がって、これは2001年まで大活躍した。あすかの分光器は2種類搭載されていたが、これらはガス蛍光比例計数管とCCDを使う方式で、E/ΔE は10-50程度。

あすか以降の日本のX線衛星の歴史は血塗られた道だった。5代目になるはずだった「ASTRO-E」は2000年にM-V 4号機で打ち上げられ、初めてX線マイクロカロリメーター分光器「XRS」が搭載された。しかし第1段の姿勢が異常になって地球周回軌道に乗らず、失敗。ASTRO-Eは「ひりゅう」と名付けられるはずだったという1

ASTRO-Eの代替機「すざく」(ASTRO-EII) は2005年に打ち上げられ、5代目X線衛星として2015年まで運用されて大きな成果を挙げた。しかし肝心のXRSは打ち上げのわずか1か月後に液体ヘリウムが蒸発してしまい、試験観測を始める前に使えなくなってしまった。なので、X線マイクロカロリメーター分光器で天体を観測した実績はここでも作れず。

続く「ひとみ」(ASTRO-H) は2016年に打ち上げられ、これも打ち上げ自体は成功した。しかし軌道投入から38日後に機体が異常回転を始め、遠心力で機体全体がばらばらに破壊されて運用終了。ただし打ち上げ約2週間後から観測機器のチェックが始まっていたため、ASTRO-H搭載のX線マイクロカロリメーター分光器「SXS」は、ぎりぎりペルセウス座銀河団の観測データだけは取れている。素晴らしい分解能のスペクトルで、この成果だけでNatureの論文になった2

白がASTRO-HのSXSによるスペクトル。黄色は「すざく」によるX線CCD分光器でのスペクトル。(宇宙のレシピを手に入れよう −銀河から銀河団まで|XRISM

…というように、マイクロカロリメーター分光器は過去3回とも設計寿命を全うしておらず、今回のXRISMが4回目の搭載となる。ASTRO-HのSXSとXRISMのResolveは、万一ヘリウムが抜けてしまっても冷凍機で0.05Kまで冷やして観測できる冗長性を備えている。

観測装置の名前はたいていは頭字語だが、今回「Resolve」と名付けられているのは、波長を「分解」するという意味以外に「決意する」「決着を付ける」といった意味も込めているからだと言われている3

他国のX線観測衛星というとNASAの「Chandra」と欧州の「XMM-Newton」が有名だが、それぞれの高分解能分光器の波長域と分解能を比べると以下の通り(低分解能の分光器の比較は略)。XRISMはChandra, XMM-Newtonよりも高エネルギーの領域でエネルギー分解能がより高い。

Chandra4ChandraXMM-Newton5XRISM6
装置HETGLETGRGSResolve
波長域0.4-10 keV0.07-0.2 keV0.35-2.5 keV0.3-12 keV
分解能 (E/ΔE)〜800 @ 1.5 keV
〜200 @ 6 keV
> 1000200-800> 850 @ 6keV
(ΔE < 7 eV)

ということで、XRISMが無事に観測を開始し、寿命を全うすることを祈っております。

  1. 幻の衛星「ひりゅう」 | 日本の宇宙開発の歴史 | ISAS ↩︎
  2. Hitomi Collaboration. The quiescent intracluster medium in the core of the Perseus cluster. Nature 535, 117–121 (2016). ↩︎
  3. 銀河の「風」の動きを見る観測装置 Resolve | 宇宙科学研究所 ↩︎
  4. Chandra Instruments and Calibration ↩︎
  5. XMM-Newton Instrumentation ↩︎
  6. XRISM Quick Reference ↩︎

SIMBAD

天文学で広く使われている「SIMBAD」という天体データベースがあるが、google画像検索で “simbad” という単語を調べると中東のお兄さん風のキャラクター画像がよく出てくる。そうか、SIMBADって『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』のシンドバッドにちなんだ名前か、と今さら気づいた。

英・仏語ではシンドバッドは “Sinbad” だが、スペイン語・ポルトガル語あたりで “Simbad” という綴りになるらしい。独・伊では日本語に近い “Sindbad“。

天体データベースのSIMBADは、”Set of Identifications, Measurement, and Bibliography of Astronomical Data” の頭字語であるとのこと。

SIMBADを運営しているストラスブール天文台には「VizieR」という天体データベースもあって、自分はどちらかというとVizieRの方をよく使っているかも。SIMBADとVizieRの違いがよく分からなかったが、VizieRは元々ESA(欧州宇宙機関)の宇宙ミッションで使うために作られたデータベースで、出自がSIMBADと違うというのと、観測の論文にだけ載っていてまだ番号が付いていない天体も収録されているとか、大規模サーベイの天体もフルに収録しているとか、書式がばらばらな各カタログに統一的なメタデータを付加して検索しやすくしているとか、いろいろSIMBADとは違うらしい1

VizieRは何と読むか分からなくて、ずっと「ヴィズィーアール」とか適当に言っていたのだが、google翻訳に発音させてみると「ヴィズィール」「ヴィズィーア」という感じらしい。vizierはアラビア語やペルシャ語の「宰相」を表す言葉で、wazirとも書く。カタカナで「ワジール」と書くと、中東の人名で何となく見覚えがある。結局こちらもアラビアンナイトにちなんだ命名ということか。何かの頭字語なのかは調べても分からなかった。

さらに、ストラスブール天文台には天体画像のデータベースとして「Aladin」というのもある。これもアラビアンナイト由来。

  1. What Is SIMBAD, and What Is It Not?, C. Loup et al. (2019) ↩︎
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