eht

『星ナビ』2022年9月号

にて、JWST 初観測画像の記事を書きました。記事の〆切の後にも続々と新しい画像が(非公式に?)出回っていて、展開の速さがすさまじいですが、よろしければご覧ください。

三好さんたちの EHT データ再解析についても、梅本真由美さんが記事にしています。三好さんと本間さん、さらに ALMA の亀野誠二さんにも取材し、両者の論点が詳しく解説されています。一般向けの新聞・雑誌よりも一段詳しいレベルで(=専門性を高めた内容で)この件を取り上げたメディアは、他にはあまりないと思います。超おすすめ。さすが梅本さんという記事。

EHT再解析

多忙で書かないまま旬を逃したが、6/30 の zoom 記者説明会後の tweet などを集積しておく。

自分が論文を読んで一番気になっていたのは、リングがあるかどうかよりも、「視野を広くとって画像化したら西北西(2時方向)に伸びるジェット構造が見えた」という主張。(M87 の中心核から西北西方向にジェットが伸びていること自体は昔から知られているので、これは、「我々の手法は既知の構造を正しく画像化できていますよ」という、再解析の正しさを補強する意図での主張だろう。)

しかしながら。

図を見る限り、あたかもジェットのように見えているのは「ジェットのような形に置いたBOX(赤い8個の円)の輪郭が見えてるだけじゃん」と思うわけです。BOX の内部にほそーくジェットが画像化されたのならともかく、はみ出しちゃってますからね。

※ なお、「BOX」が何なのかについては、天文学辞典を見ると何となく雰囲気は分かるかと思います。

ただし、uv面上でのビジビリティ分布が極めて限られていたり偏っている場合には、真の天体画像とは程遠いクリーンマップに収束することもよくあるため、クリーン成分が存在する画像範囲を指定することもある。この操作を「ボックスをかける」という。

「ここに構造があることは分かっているから、この中だけ絵にしましょう」と範囲を限定して解を求めることで、間違った解に収束してしまうことを避けるという手法です。

三好さんたちは EHTC チームのやり方に対して、「40μas のリングがあるという前提知識(先入観)の下で、artifact をリング像だと言っている」と批判しているわけだが、三好さんたち自身もまた、「西北西方向にジェットがある」という前提知識(先入観)の下で、そこだけに BOX をかけて「ジェットが出ました」と主張している。批判相手と同じく「仮定=結論」的な主張をやってしまっているんじゃないの、人のこと言えないんじゃないの、と私は思うわけです。

しかも、論文の図4には赤い BOX の円を描いているのに、

論文 Fig.4

一般向けのプレスリリース画像では描いていない。

プレスリリースでの画像

円がなければ、「ああ確かに西北西にジェットが噴き出してるんですね」と素人は受け取ってしまうだろう。

「プロはだませないから論文の図には赤い円を描いたが、素人にはどうせバレないから素人向けの図では消しておこう」と考えたのかしら、という邪推の余地が残る、不誠実なやり方だと思います。

…というようなことを私は説明会で質問して、三好さんの回答は、「西北西方向以外に BOX をかけた場合もチェックしていて、そっちには構造はないことを確認した」というものだった。でも論文にはそういうことは書いていない。

共著者の牧野さんは、西北西以外の方向も含む広角のマップを作ったが、論文投稿のどこかの時点でこの絵がなくなり、そのまま accept されてしまった、とおっしゃっている。そんなん言われてもな…。でも、私の話が通じたのはさすが牧野さん、と思った。

まあそんな感じで、EHTC という「巨象」に噛み付く論文としてはあんまり出来が良いわけでもないんじゃないか、という印象。(※ 個人の感想です)

まだ続くかどうかは分からないが、「#eht」タグを追加しました。

箱を開けるまでもなく、

パッケージの文字やメーカー名などから、ああ、なんかこの商品はヤバいな、と何となく感じ取って買うのをやめておく、といったことを私たちは日常的にやっていて、こういうのを経験知と呼ぶわけだが、論文も同じだろう、というのがが言いたかったことです。

予断を持たずに味噌も糞も全部買って全部箱を開けることが公正で健全な科学的態度なのだ、と言われても、お、おぅ、としか言えない。無限にリソースがある人がやればいい。経験知に基づく予断を行使して情報を選別することと、科学的態度でないかどうかというのは、別の話なのでは、と自分は思っている。

とりあえず俺は目前の納品物をどげんかせんと。あと、いい加減に足の爪を切らないと。

もう一つ

非専門家の俺でも気づく OSINT 的な話としては、(こういう話は品の良いものではないかもしれないが、)三好さんの職階の件がある。

三好真さんと言えば、中井直正さん・井上允さんたちとともに、NGC 4258 の超大質量ブラックホールを水メーザー源のケプラー運動から検出したという超一流の業績の持ち主だ。2020年にノーベル物理学賞をもらった Genzel, Ghez の Sgr A* の観測と並んで、現在でも SMBH の存在をもっとも確実に示す観測的証拠の一つとされている。もし SMBH 関連がノーベル賞をとるなら、三好・中井・井上からも受賞者が出るのではと考えていた人は少なくないはずだ。実際、2020年ノーベル物理学賞の Scientific Background にも三好さんの Nature の論文は引用されている。

にもかかわらず、3人のうち三好さんだけが現在も国立天文台助教のままである。俺より10歳上で、あと5年ほどで定年退官のはず。これほどの業績を挙げた人が准教授にすらなっていない。オファーされないのか、自らの職階を上げることに興味がなかったのかは分からない。

ともあれ、こういうだいぶ自然ではない状況にある人が、電波天文学が専門ではないお二人を共著者にして電波天文学分野の大きな問題提起をしたという不思議な論文が今回の一篇である、という点は、天文学コミュニティの外にいる人にはおそらく気づきにくいことで、知っておいて損はない情報だろうと思われる。

(なお、中傷や侮蔑の意図は全くありません。不自然に見える状況や奇妙な事実が今回の論文の周囲にはいくつか存在する、という私なりの観察結果を虚心に提供するものです。)

EHTへの異論

三好さんたちの例のあれが asahi.com の記事になっていた。今朝の紙の朝刊には載っていなかった。

論文は ApJ に5月に accept されて出版待ち。俺がどう思っているかは↓で5月に書いた通り。形の正解が分かっている天体を EHT で撮像してどんな絵が出るかを確かめるとともに、三好さんたちが独立の望遠鏡群を使って another EHT をやればいいと思う。

Miyoshi et al. (2022) のプレプリントは以下で読める。

三好さんたちが再解析で出たと主張されているジェットの絵はスケールの目盛がミリ秒角なので、EHT のシャドウ像(〜40 マイクロ秒角)より100倍くらい解像度が粗い(視野が広い)ことに注意。

んで、これに対する EHT Collaboration 側の反論も公開されている。

曰く、EHT の生データも解析ソフトも公開されていて第三者が検証可能になっている(だからこそ三好さんたちも独自に再解析できたわけだ)。これまでに4チームが EHTC とは独立に検証していて、いずれもリング構造を再現している。Miyoshi et al. (2022) は、「EHT のリング像は FoV(望遠鏡の観測視野の広さ)として狭い値を使ったときに発生する artifact であって、元が点光源であってもちょうど40マイクロ秒角くらいのリング像が出てしまうのだ」と主張しているが、実際には FoV の値や他のパラメタをさまざまに広く変えてみても、リング構造はちゃんと出てくる、三好さんたちはデータと手法を誤解して間違った結論を導いている——とのこと。

こういうとき、非専門家の我々には中身の評価はなかなかできないのだが、非専門家であっても「周辺」に転がっているさまざまな公開情報から嗅ぎ取れる何かがあり、それらが示唆するものは馬鹿にできないと自分は思っている。一種の OSINT とも言える。

今回の例で言うと、Miyoshi et al. (2022) の3人の著者のうち、電波天文学者は三好さんだけである。加藤成晃さん(理研)は MHD のシミュレーションが専門で、電波天文ではない。牧野さんも多才な人であることは重々承知しているが、専門はN体シミュレーションをはじめとする計算天文学及び計算機科学であって、電波天文ではない。つまり、EHT の結果に疑義を唱えるという電波天文学における重大な問題提起であるにもかかわらず、三好さんは電波天文屋を一人も共著者に引き入れることができなかったということにほかならない。これが何を意味するのかについて考えてみることは、わりと重要ではないかと思う。

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