• GW中に人と直接会う機会が何度かあったが、ふだん家族との日常会話とコンビニのレジくらいでしか発声をしない生活なので、数時間にわたって人と話をすると声がかれてくることに気づいた。そのせいでどうしても飲み物で喉を潤しながらの会話になり、コーラを飲み過ぎて胃をやられたというのが先日の会食。

    たくさん喋る前には牛丼やマヨネーズなど油分を含んだ食べ物を食べておくと声の出が良いらしい。(ななすけさん調べ)

    買ったばかりのシャツを着て散髪に行ったら、サイズ表記のシールが襟に付いたままだったようで、理容師のお姉さんが「すみません、これ剥がしてもいいですか」と言って剥がしてくれた。ユニクロあるある。

    こういうことがあっても、恥ずかしいと思わなくなってきた。自分が他人からどう見えているかに関心がなくなってきたというか。これも老化だろうか。最低限清潔感のある身だしなみになるようには気を付けている。

    以前から SUZURI にTシャツやらマグカップやらを出している。売上が立つことは期待しておらず、お金持ちのマダムが住宅街で暇つぶしにやっているセレクトショップのような心持ちでやっているが、周期表のグッズだけはポアソン過程のようにぽつぽつと売れ続けているのが面白い。みんな周期表好きなんですね。

    ただ、かなり前に出品したものなのでデータが古く、112番コペルニシウムまでしか載っていないのが気になっていた。今回、119番オガネソンまで記載されている最新のデザインに入れ替えた。113番ニホニウムも載っています。

    最近の SUZURI は作れるものがどんどん増えていて、アクリルスタンドなんかも作れるらしい。そのうち追加しよう。

    会社を辞めるときに、この先何がやりたいかというとりとめのない話を新宿の喫茶店で当時の同僚とした記憶があるが、その頃に言っていたのが「科学関係のライター業」「翻訳」「Tシャツを売る」みたいなことだった。数年経って、当時言っていたことをそれなりに実現していて、飢え死にしない程度に生き続けているというのは、改めて考えるとなかなか頑張ってるじゃん自分、と思う。

  • 4月29日のTBS「クレイジージャーニー」で吉村作治氏が大々的に取り上げられたせいか、以前に書いた河江肖剰さんの紹介記事がまたたくさんアクセスされている。

    番組は TVer でまだ見られる。

    「クフ王のピラミッドは墓ではない」という吉村氏の主張と最近の彼の発掘活動を紹介する内容だったが、現在のエジプト学の主流の立場では、クフ王のものを含めてピラミッドは王墓だと考えるのが一番もっともらしいと当然考えられており、吉村氏の主張は異端である。吉村氏の過去の発掘成果は一流と言ってよいが、ある人物の業績の大きさとその人の主張の正しさとの間にはあまり関係はないので、「ああ、偉い先生でも寝言を言うんだなぁ」くらいに受け止めておくのが大事。

    アカデミアでは、「一流の業績を残した大先生が妄言を語る」例はさまざまな場所でごく普通に目にする。森博嗣だったか、そういうのを発症するのは結局、加齢で運動能力が衰えるのと同じような「脳の知的活動の老化現象」なのではないか、と書いていた。

    「クフのピラミッドは墓ではない」説の根拠として吉村氏が挙げていた点に、各々注釈を付けると以下のようになる。

    「玄室に壁画やレリーフがない」
    王墓の玄室や棺に絵やヒエログリフがびっしり描かれているというイメージは、「王家の谷」に埋葬されているラムセス2世とかツタンカーメンとかの「新王国時代」(1550 BC – 1069 BC)の王墓のスタイルであり、三大ピラミッドが建てられた古王国第4王朝(2613 BC – 2494 BC)やそれ以前の時代にはまだみられなかった。玄室にそうした装飾が最初に出現したのは、クフ王から200年以上経った第5王朝最後のウナス王(2345 BC – 2315 BC)の時代である。三大ピラミッドと新王国の間には1000年の時間差があり、墓制や流行、宗教観も当然変化するはずで、クフのピラミッドが新王国時代のスタイルと違うから墓でないと結論するのは、平安時代の墓が現代の墓に似ていないから墓ではないと主張するのと同じくらい荒っぽい言説。
    「クフの石棺はツタンカーメンの人型棺が入らないくらい小さい」
    これも上に同じで、「ツタンカーメン王墓の形式が古王国時代にも共通する」という前提自体に正当性がない。(小さいとは言うが、クフ王の石棺の全長は227cmあり、当然成人男性の身長は納まる。)
    「玄室は地下に設けるのが普通で、クフのピラミッドのように地面より高い場所に玄室を置く墓などない」
    クフの父(先代)であるスネフェル王のピラミッドは3基あるが、メイドゥムの崩壊ピラミッドの玄室はぎりぎり地上、屈折ピラミッドは地下と地上(2室)、赤ピラミッドもぎりぎり地上にある。クフほど高い場所にある例は確かにないが、「玄室は必ず地下」というルールがあるわけでもない。ピラミッド内部の通路と部屋の配置はピラミッドごとに大きく違っていて、共通性を語るのが難しいほどバリエーションに富んでいる。クフ王の玄室の配置をもって「墓でない」根拠にするというのもあまり正当とは思えない。
    「クフのピラミッドはおそらく、墓ではなく宗教施設か天体観測施設である」
    ギザに限らずピラミッドというものは、ピラミッド単独で建てられるのではなく、周壁、参道、葬祭神殿、河岸神殿、港などからなる「複合施設群(pyramid complex)」として建設される。クフのピラミッド複合体の建設には約20年、述べ2万〜3万人が参加したと推定されており、これほどの巨大建設プロジェクトを王の代替わりごとに行うにもかかわらず、これが王墓でなくただの宗教施設や観測施設だと考えるのは説得力に欠ける。ピラミッドの内部通路には侵入を防ぐ石落としなどの機構が何重にも作られているわけで、埋葬を目的としない宗教施設や観測施設にそのような仕掛けが必要なはずもない。

    マジレスをすればこのような感じで、今さら王墓でないと主張するのはかなり無理がある。テレビのようなメディアは「退屈な事実」よりも「奇抜な嘘」を面白おかしくお涙頂戴で伝える方が儲かると考えるものなので、そんな人々が放送するものを鵜呑みにしても仕方がない。私財をなげうって老骨にむち打ちエジプトで掘り続ける吉村氏の姿に小池栄子が涙ぐんでいたが、生き様から伝わる迫力と学問的な正しさは別の話である。

    河江さんが著書や動画で繰り返し説明しているが、考古学では出土遺物の「文脈 (context)」が非常に重要になる。一つの遺物を見るだけでなく、同時代や前後の時代の物とどうつながっているか、近隣の場所からどんなものが出ているか、という時空間上での遺物間の関係を押さえることが大事。吉村氏の「王墓でない」説には、コンテクストを考える視点が致命的に欠けている。クフの「真の墓」を見つけたいという野心ばかりが先に立ち、遺物同士が織りなすコンテクストの面白さや、それらが語る情報の豊かさにはあまり興味がない人なのだろう、という印象。

    番組後に河江さんは次のようにツイートしている。

    大人のサブカルとして異端の学説を半笑いで楽しむ分には害もないが、本気で信じてプロの研究者に絡んでくる素人さんたちがいる。そうした人たちへの河江さんのツイート。(こちらは今回の番組とは関係なく、1月のもの)

    吉村的視点ではない真のエジプト学の入門書として、河江さんの『ピラミッド:最新科学で古代遺跡の謎を解く』はかなりおすすめ。単行本の『ピラミッド・タウンを発掘する』を改題した文庫本。先行研究の引用や参考文献リストがちゃんとしていて、安心して読める。

    「ほぼ日」でも河江さんと糸井重里の対談が掲載されていて、これも面白い。

  • 読み物記事「熱電変換の物理学」を執筆いたしました。さまざまな過程で環境に放出される廃熱から(小規模でいいから)電力を得ようという研究の紹介。

    科学雑誌ニュートン最新号(2024年6月号) 「地球大解剖」 | ニュートンプレス

    (どうでもいいが、Newtonのwebサイト、<meta property="og:image" ... > のタグが変な所で改行されているせいか、サムネ画像が出ないな…)

    廃熱を利用したいという動機を説明するためには、まずエネルギーの変換効率やロスの話が必要になってくるので、記事の前半はエネルギー保存則や熱力学第二法則、永久機関の話になっている。いろんな永久機関の例については知っていても、なぜその永久機関は不可能なのか説明しろと言われると難しいことも多い。今回、自分も改めていろいろ勉強した。

    監修は東京理科大学の山本貴博教授。熱電変換研究の第一人者であるだけでなく、物理のアウトリーチの分野でも大変お話が面白いことで有名。取材でも話に引き込まれた。ヨビノリたくみさんのYouTubeチャンネルにも何度か登場していて、水や炭素、CNTなどの面白い性質について話してくれている。おすすめです。

  • 4/29(月)

    友人と会食。アメリカンダイニング的なお店。米国の飲食店でよく見る、1L超えのプラスチックのコップで出てくるコーラを2杯も飲んだせいか、帰宅してから胃の異常を感じて夕飯を食えず。翌日になっても胃が完全に活動を止めたかのようで、空腹感を感じないまま一日を過ごした。

    5/1(水)

    久々の出社。模様替えしていたり、協力会社から入った人がいたり。この部屋は温度計で見ると気温・湿度とも普通なのに、なぜかいつもちょっと蒸し暑い。近くにサーバラックがあるせいか。

    新宿では古い雑居ビルが再開発でどんどん解体されており、それらに入居していた猥雑な店もどんどん消えている。

    5/2(木)

    よく行くコンビニに新しい人が入っていた。60代のおばちゃんで、物腰がちゃんとしている。おにぎりと野菜ジュースとファミチキを買ったら、どっかからポリエチレンの袋(スーパーで肉や魚を入れるあれ)を出してきて、ファミチキをこの袋に入れ、さらにおにぎりとジュースも一緒に入れてくれたので面白かった。スーパーのレジは知っているがコンビニは利用した経験がない、という人だろうか。お嬢様育ちの富裕な会社社長夫人が夫の事業の失敗で財産を失い、働きに出ざるを得なくなってコンビニバイトに来た、というドラマを想像した。人生は何があるか分からない。頑張ってください。

  • をtumblrで見た。

    WE CLEAN YOUR CLOCK という文字を見て、時計店が路面に出していた看板かなと思い、”STOD” って知らない単語だな、と思いつつもあまり気にせず、4時のインデックスを見て、あれ3時じゃん、3時が2つあるぞ、書き間違いか? と気づく。

    顔を近づけていろんな細部を見るうちに、ああ、これはAIが生成した画像か、と理解した。大きな文字に矛盾がみられないと簡単に騙されてしまう。厄介な時代になった。

    よくよく見れば、これだけ大きな吊り看板なのに支持部の構造が存在しないとか、8時 (VIII) の V の形がおかしいとか、小さな文字がぐにゃっているとか、奇妙な3本目の針があるとか、さまざまな粗が見つかる。しかし絵全体を眺める限りは破綻しているようには全く見えない。いかに私たちの視覚が「全体的な雰囲気」を把握することに特化しているかを思い知る。

    時計ファンにおなじみの蘊蓄の一つとして、「ローマ数字の文字盤は4時が IV ではなく IIII のものが多い」という話がある(「時計職人の4 (watchmaker’s 4) 」とも呼ばれる)。なので、ローマ数字の文字盤を見るとまず4時に目が行く。そこで画像の破綻に気づいた。

    なぜ時計の文字盤は IIII が多いのか、という理由にはさまざまな説がある。

    • セイコーミュージアム
      • シャルル5世が IV を嫌った説
      • 英国のウェルズ大聖堂の時計が IIII だったから説
      • IV にすると6時 (VI) と間違えるから説
      • IIII にした方が、左右対称位置にある8時(VIII)と黒みが揃って美しいから説
      • そもそも “4” は IV よりも IIII と書く方が多かった説
    • Bob’s Watches
      • ルイ14世(Louis XIV)が自分の名前に含まれる IV を使うことを禁じた説(じゃあ I, V, X, XI もダメだろ…)
      • ローマ神話の最高神ユピテルの名前(ラテン語で IVPPITER)の一部を使うことは畏れ多いとされたから説
      • 4時に IIII を使えば、I のみを使う数字、IとVを使う数字、IとXを使う数字が4個ずつになって対称性が良いから説
    • MONOCHROME
      • 識字率が低かった中世の庶民には、減法表記のローマ数字(4 = 5-1 で IV)は難しかったから説
      • 鋳造で作る場合、4 を IIII にすれば、IIII, VIIII, XII の3種類の型だけあれば、これに部分的に金属を流し込むことで12種類全ての数字を作れる。IV があるとそうはいかなくなる、という説(この記事には「ただし9時も VIIII にする必要がある」と書かれているが、9時は XI を逆さに使うことにすれば、IIII, VIII, XII の3種類の型で済む気がする。)

    いずれも俗説で、今さら歴史学的な検証は無理だろうが、いろんな人がいろんな思い付きを語っているのは面白い。