• 桑と柚子の枝を切る。柚子は頭頂部の立ち枝を抜いて日光が入るようにしてみた。主枝は3〜4本に、と言われているが、長年外側の刈り込みばかり繰り返してきたせいで、うちのは15本以上も主枝が生えていて、逆さ箒、いや、逆さデッキブラシのような不格好な枝になってしまっている。ここ1、2年で少しずつ間引いてきた。元は20本以上あったかも。主枝の太さも幹に対して異常に細い。今年も間引いて10本にした。

    株元を掘り起こして牛ふん堆肥も入れてみた。もっとカチカチかと思っていたが、母が不要な培養土を捨てたりしていたらしく、地面の状態は意外と悪くない。

    剪定そのものよりも、切って出た枝を細かく切断してゴミ袋に入れる作業の方が10倍くらい大変。この時期の柚子の枝はトゲが硬くなってしまっているので、細かくしないと凶器になる。剪定鋏を握る手が死んだ。


    一日中外で作業をしていたら鼻粘膜をやられたようで、夜になってうっすら鼻血が出続ける症状が発生。毎年この時期に起こる。乾燥が原因だとずっと思っていたが、冬型気圧配置のピークではなく2〜3月になってから起こるので、実は花粉症の一症状なのかも。


    アルテミス2は最速で3月6日打ち上げ予定だったが、第2段でのヘリウム供給に異常が発生したことにより、原因究明のために発射台からVAB(ロケット組立棟)に戻されることとなった。打ち上げは4月以降に延期とのこと。

    アルテミス1では、2022年3月17日に発射台へ出されて以降、

    • 4月26日 水素漏れ、第2段ヘリウム逆止弁異常
    • 7月2日 水素漏れ
    • 9月26日 ハリケーン接近

    と計3回VABに戻されており、最終的に打ち上げられたのは11月16日だった。つまり、最初に打ち上げ準備を開始してから実際に打つまでに8か月かかった。

    今回のアルテミス2では、打ち上げのためにVABから発射台に出されたのは今年1月18日で、VABに戻されるのは今回が初めて。「1」のときの遅れ方を考えると、4月に上がればましな方という気もする。今回は人が乗るミッションなので、余計に慎重になりそう。

    Bad Astronomer こと Phil Plait さんの Bluesky への投稿。

    One of the big issues I have with this rocket – and there are many – is that it's finicky and it costs a fortune every time they have to haul it back. Plus it can only launch once every two years. Plus it's like $4B per launch for Artemis.

    Phil Plait (@philplait.bsky.social) 2026-02-22T02:09:16.552Z

    たくさんある中でも特に大きな懸念点は、扱いづらいロケットであり、帰還後の回収のたびに巨額の費用がかかること。なのに年に2回しか打ち上げられず、1回の打ち上げで600億円かかる、と。

    これへの返信で、A nice ground cover 氏の連投。

    For Orion alone: The life-support equipment hasn't been in flight as a unit yet. NASA had already decided not to repair a failed PDU (power and data unit) because it would take a year just to install the replacement. The OIG reported that Artemis I experienced 24 power interruptions. …

    A nice ground cover (@horseherb.bsky.social) 2026-02-22T03:38:32.287Z
    • オリオン宇宙船だけで言っても、生命維持装置はまだユニット全体で宇宙に行った実績がない。NASAは故障したPDU(電力・データユニット)を修理しないと決めているが、その理由は交換作業だけで1年かかるから。NASAのOIG(監察総監室)は、アルテミス1では24回もの停電が発生していたと報告している。
    • バッテリー系も宇宙での使用実績がなく、これは3代目の設計。ヒートシールドはアルテミス1で無事に再突入を生き延びたが、「ヒートシールドの大きな塊が剥落してできた空洞」が生じていた。ヒートシールドの素材が蒸発するのはそういうものだが、それは制御された形で起こるべきであり、塊ごと剥がれるような状況はまずい。
    • 3代目の設計で問題は解明されたと彼らは考えているが、彼らは初代と2代目のときも同じように「うまくいく」と思っていた。そんなオリオンに20年で4.5兆円もつぎ込み、ようやく有人初飛行を迎える。

    ——とのこと。うーむ。

  • 外の水道が水漏れするというので修理。YouTube でパッキンの交換方法を学ぶ → ホームセンターでパッキンを購入 → 作業。できた。

    ハンドル根元のパッキンと中のコマを両方とも交換。寿命は約10年らしい。


    一度ライブを観てみたいとずっと思っていた青葉市子のチケットが当選。やたー。7月、NHKホール。


    青葉市子を知ったのは、ななすけ氏の動画のBGMに使われていたのがきっかけだった。テレビをあまり見なくなり、世で流行っている音楽に触れる機会が YouTube とコンビニやスーパーマーケットのBGMくらいになっている。

    ななすけ氏の動画更新が止まって久しい。公式 Instagram も個人アカウントも、写真が全消しされた。心配だが、視聴者にできることはのんびり待つことくらいしかない。


    気が付けば、3月3日ひな祭り皆既月食まであと10日。準備どうしようかな…。ここ数回は固定撮影ばかりだったので、今度こそ追尾で撮りたいところ。

  • アシュートという町の遺跡で、地下13mまで掘られた縦坑の底に墓が見つかり、イディという女性の遺体を納めた木棺が2024年に発見された。盗掘されていたものの、木棺は二重で美しい彩色が施されている。

    年代は中王国時代のBC1900年ごろと推定されている。イディは当時の州侯の娘だった。出土した彩色木棺は学術的価値が高いが、急速に劣化しており、しかし修復の資金が不足している。

    ということで、修復・保存の資金を募るクラウドファンディングがおこなわれている。3月末までに250万円が目標で、現在は42%達成。

    出資額に応じたリターンがある。少額ながら支援させていただいた。

    4000年前の彩色がこれほど鮮やかに残るというのは、さすが湿度の低いエジプトという感じ。日本では高松塚古墳の壁画が有名だが、あれは1300年前のもの。

    高松塚古墳は調査で人が立ち入ったせいでカビが大発生して壁画が消えかかり、やむをえず石室を壊して剥ぎ取り保存するしかなくなった。後世に伝えるためには外界に引っぱり出して保存するのがたぶん最良だが、外界に晒したせいで劣化が加速することもあるのが難しい。

  • 浴室の折戸の戸車が片方なくなっている。何かの拍子に外れて、どこかの並行宇宙に転送されて消えてしまった。10年以上放置していて、戸車がないせいで戸自体が外れやすくて鬱陶しかったのだが、浴室ユニットの型番で検索したら楽天のショップで戸車だけ売られているのを発見。

    戸車はYKK AP製で、浴室ユニットのメーカーとは別だった。いろんなメーカーの浴室で同じ戸車が使われているらしい。そういうものなのか。まあそりゃそうか。

    ということで、購入して取り付け、無事に直った。素晴らしい。700円くらいのものだったが、ショップのレビューでは「浴室メーカーに問い合わせたら数万円と言われた、助かった」という書き込みもあった。


    例年、2月14日には P.T.A.TV で生配信があったが、CSに入ったので今年はない。代わりに「チョコレイト・ディスコ」の過去ライブの Stage Mix 公開。

    2008年武道館のかしゆかの衣装(白ブーツのやつ)は今見てもカッコいい。最近のライブでは発汗対策が進歩しているが、当時はライブの終盤になるほどかしゆかの髪が汗でくっちゃくちゃになってきて、それがカッコよかった。

    「ふめつのあなた」のMVも公開された。

    過去のいろんな曲のモチーフが一瞬ずつ登場していて、コメント欄でみんなで答え合わせをしている。

    監督は TAKCOM さん。三人の身体や顔はボリュメトリックキャプチャされたものらしい。

    動く実物を丸ごと3Dデータ化しているので、カメラ位置や光源、テクスチャなどを後から自由に変えられるということのようだ。身体の一部が消えていたり、カメラアングルをありえない速度でぶん回したりできるのはそのおかげか。基本的な技術はチーム Perfume がここ10年くらい使ってきたものだと思うが、これだけクローズアップに耐える高解像度でキャプチャしたものを見るのは初めてかも。

  • 2/7(土)

    浴室・洗面所周りを掃除。浴室の折れ戸が死ぬほど汚れていて、水をかけると隙間から際限なく埃が出てくる。

    トイレのタンクの合わせ目に硬い汚れが付いて落ちない。常に水滴があるせいで、鍾乳石のようにカルシウムが付いた感じ。クエン酸を使ってみるか。

    期日前投票は木曜日に行った。平日昼間だったが、なかなか混んでいた。


    お便りを紹介していただいた、Perfume の P.T.A. 向けラジオ最終回を今もちょくちょく聴き返している。若い人がよく言う、「まだ味がする」というやつ。他愛もない三人のやり取りが面白い。いつも屈託なく大笑いしていて、人柄の良さを感じる。

    「ポリリズム」以前の Perfume の歴史を知るには、当時のファンの方が作った年表が大変役に立つ。運営元がサ終しているwebサイトのようだが、消えないで欲しい。

    当時のライブレポートなどを集積している Perfume@wiki も有用。

    2006年4月のロフトで俺が見たHIPHOPダンスとおそらく同じ演目が、2003年9月撮影の動画として YouTube に上がっている。ラジオであ〜ちゃんが口ずさんでいたのはたぶんこの曲。

    亀戸サンストリートでの映像で、自分が Perfume を見始めた時期のさらに3年前。三人は当時中学3年で、広島から上京した年のはず。

    当時はスマホなどなかったので、ファンがビデオカメラで撮ったのだろう。こういう現場に通っていた人こそが真の古参ファンなのだが、いつの間にかいなくなった。

    かしゆかがラジオで、「あんなスタンディングのライブハウスで、フロアに入るHIPHOPやってから。誰も見えとらんw」と言っていたので思い出したが、ロフトでやったときは確かにフロアの前の方を空けてあって、ダンスの途中でステージからフロアに降りて踊る時間があった気がする。何をやっているのかよく見えなかった。笑

    2003年はアミューズ所属の若手女性アーティストの合同プロジェクト「BEE-HIVE」が立ち上がった年で、Perfume もその中にいた。ハロプロや沖縄アクターズスクールの B.B.WAVES をモデルにしたプロジェクトだったらしい。アミューズの女子寮にwebカメラを置いて24時間ライブ配信をしたり、亀戸サンストリートやサンリオピューロランドで、修業として日常的にステージに上がっていた。

    上の動画と同じ人が撮った「彼氏募集中」も面白い(なぜかこの動画は埋め込みできず)。マイクスタンドを用意する間も客を飽きさせない小ネタを仕込んでいたり、間違えて「スーパージェットシューズ」のオケが流れてしまい、かしゆかが曲の頭出しをしている間にあ〜ちゃんとのっちがフリートークで場をつないだり。中3の時点で既に、現場で相当揉まれていたことが分かる。

    2004年になるとSHIBUYA BOXXやO-Crest, O-WESTなどの小さなライブハウスに出るようになる。ラジオで、「O-Crestは200人、O-WESTは2階も入れて500人」などと今でも定員数をすらすら言っていたのがさすが。あ〜ちゃんが「あのO-なんとかっていう所にも来ていただいてたんでしょうか、taroさん」と言ってくれたが、自分はこの頃はまだ見ていない。

    2005年以降の歴史は、

    • 2005年
      • 8月「AKIHABALOVE」(ぱふゅーむ×DJ momo-i)
      • 9月「リニアモーターガール」でメジャーデビュー(オリコン99位)
    • 2006年
      • 1月「コンピューターシティ」(オリコン35位)
      • 6月「エレクトロ・ワールド」(オリコン77位)
      • 8月 アルバム「Perfume 〜Complete Best〜」(オリコン66位)
      • 10月 武蔵野美術大学芸術祭出演
      • 12月「Twinkle Snow Powdery Snow」(配信限定)
    • 2007年
      • 2月「ファン・サーヴィス [sweet]」(「チョコレイト・ディスコ」収録、オリコン31位)/「Perfume 〜Complete Best〜」通常盤
      • 3月 ライブDVD「ファン・サーヴィス [bitter]」
      • 3月 木村カエラに見つかり、彼女のラジオでパワープレイ
      • 7月 AC+NHKのCMに「ポリリズム」起用
      • 9月「ポリリズム」(オリコン7位)

    という感じで、大きくブレイクしたのは2007年だが、コアなアイドルヲタの外で人気に火が付き始めたのは2006年のどこか。

    何が一番効いたのかはいまだによく分からないが、2005年くらいから「申し訳ないと」のDJイベントに呼ばれたり、宇多丸氏・掟ポルシェ氏があちこちで推してくれたり、掟さんがレコ発イベントの司会をするようになったのがやはり大きかったのかもしれない。2006年3月に掟さんの結婚式に Perfume が呼ばれて歌を披露して、それがきっかけで多くの業界関係者の目に触れたとも言われる。

    もう一つ大きかったのは、「コンピューターシティ」からビジュアルが大きく変わったことではないかと思う。アイドル風または「近未来型テクノポップユニット」風にガチガチにコスチュームやヘアメイクを作り込むのをやめて、普段でも着られるくらいの、白系を基調としたおしゃれな衣装に変わった。アイドルヲタでない人たちでも、恥ずかしがらずに「Perfume が好きです」と言えるような雰囲気を提示したのが、わりと重要だったと思う。なので、「シティ」から衣装を担当した内澤研さんの功績も大きいと思っている。

    2006年には Perfume は解散の崖っぷちにいた、と言われることがある。BEE-HIVE が大きくブレイクすることなく、2005年末で活動を終え、BEE-HIVE の一員だった Buzy が2006年に解散した(BOYSTYLE は2007年解散)。Perfume も解散させるか、というのがアミューズ上層部の意向だったが、所属レコード会社である徳間ジャパン側から異論が出て、特に徳間の長谷川さんという人が「辞めないで済む数字の条件を出してくれ」とアミューズに言ったと。それで、1stアルバム「Perfume 〜Complete Best〜」(通称「コンベス」)の初回プレス1万枚のうち7000枚ハケるようなら続けましょうとなった、という話がある。どの程度本当なのかはよく分からないが、中の人達と交流があった掟さんもかなり具体的に名前を出してそういう証言をしているので、まあ本当だったのかも。

    2020年になってから、諸々の資料を引用して当時何があったのかを検証しているブログもある。

    結果としてコンベスは、初動こそ66位だったがその後着実に売れ続けて、2007年2月には通常盤が出るようになり、同時に「チョコレイト・ディスコ」が入ったシングル「ファン・サーヴィス [sweet]」もリリースされて一気に勢いが加速した。

    実際に2006年を思い出すと、「コンベスで解散」説は確かに 2ch などで言う人もいたが、自分の感覚ではそこまで深刻な雰囲気ではなかった。ベスト盤を出して解散というのは確かによくある話だが、1st アルバムのタイトルが Complete Best なのはまぁ洒落だろ、と自分は思っていた。むしろ、ずっと待望していた1stアルバムがようやく出て、ジャケ写も曲も最高だったので、これで終わりなんてあるわけねぇだろ、まだ始まってもいねぇよ、と思っていた気がする。

    実際、コンベスが出る1か月前にはスカパーで「パッパッパッパッパッパッPerfume」という冠番組も始まっている。店じまいするつもりなら冠番組の企画など取ってくるはずもないわけで、少なくともアミューズと徳間の、上の方ではない「現場の」人たちには Perfume を終わらせるつもりなどさらさらなく、2006年は相当攻めていたと思う。

    とはいえ、それでも自分はどこかで少し心配もしていて、2006年12月に新曲「Twinkle Snow Powdery Snow」が配信でリリースされたときには、「新曲が出るってことはまだ続くんだな」とひと安心した記憶がある。

    以上、雪が降って外にも出られないので、需要のない思い出話など。