• 9/23(火)

    @東京ドーム。物販でTシャツとラムネとフライトタグを買った。タオルはP.T.A.限定のやつが売り切れていたので買わず。家から持ってきた「ネビュラロマンス前篇」公演のタオルを使った。

    5年前の2月26日にこの東京ドームで、コロナ対策として政府の要請で開場の数時間前に公演中止となって涙をのんだファンが5万人いて、自分もその一人だった。もう5年も経ったかー、と感慨にふけりながら、ファンの皆さんの賑わいを眺めた。

    15時に入場が始まると、入口近くで「…先日コールドスリープを発表したPerfumeの最後の公演が…今、入場が始まりました。…」のような声が聞こえてきた。どこかの情報番組の取材陣がいたらしい。

    今回はアリーナを引いた。しかもブロックの1列目。VIP席ほど近くはないが、アリーナは久々かも。神の思し召し。

    17時開演だったが、20分くらい押していた。Perfume のライブでは手拍子で開演をじりじり待ちながら「あーーーちゃーーん」「のっちーーー」などと高まった人たちが叫ぶのが通例で、30分くらい手拍子が鳴り響いていた。いつ頃からこの習慣が始まったのか記憶にないが、ロフトとかの小さい箱でやっていた頃からたぶん自然発生的に起こっていた。それがそのまま今も定着してますね。

    場内は開演前であっても撮影禁止が普通だが、今回は「開演中に限り」中止です、とわざわざスタッフの人が繰り返し拡声器で告知していた。つまり開演前と終演後は撮ってもいいよということで、ありがたく撮らせていただいた。最終日ならではの計らいだったのかもしれない。

    手拍子を聴いているだけで、いろんなことが思い出されてうるうるしてしまう。今回のライブでは周りの人たちも、もっぱら汗を拭くのではなく涙を拭うためにタオルをしきりに使っていた。泣きながらあ〜ちゃんのMCに爆笑したり叫んだり、情緒がおかしくなって最高だった。

    以下、生配信のアーカイブを見ながら列挙。

    GAME
    ネビュラロマンス後篇の舞台セットがあると思っていたら、「もう一度、あの日から始めよう」という三人のナレーションの後、幕が振り落とされて5年前の「”P Cubed” in Dome」ライブのセットが出現。あの日やるはずだった1曲目の「GAME」がスタート。5年前に観られなかった人たちはこれだけで号泣したはず。「ZO/Z5」(20/25)というのは「結成25年・メジャーデビュー20年」という意味であり、「2025年」という意味であると同時に、「2020年のあの日を2025年に取り戻す」という第3の意味も含まれていたのだ、と即座に理解した。
    再生
    ここで「後篇」の曲ではない「再生」をやったのも、「もう一度始めよう」の意味がこめられていたのだと思う。泣くじゃんこんなの。救われた。
    Cipher
    ここから「後篇」の衣装に替わってネビュラロマンスの物語の始まり。
    再起動世界
    こんなにライブ映えする曲だとは思わなかった。すごくいい。「Start Again」の詞のところで三人がそれぞれ、ショットガン・ライフル・二丁拳銃を構える「後篇」のジャケ写のポーズをするのが良すぎる。
    今回初めてだと思うが、ドローンカメラが三人の周りを飛び回り、その映像がリアルタイムでスクリーンに映っていた。NewJeans の「How Sweet」のMVでも使われてる、すごく小さいやつ。めちゃカッコ良い。
    この曲がこの公演限りでしばらく(あるいは二度と?)見られないのは惜しい。
    ネビュラロマンス
    名曲。T-SQUAREのEWIみたいな音がずっと鳴っているのが好き。途中で指で星を描く振付は「Twinkle Snow Powdery Snow」のオマージュだと勝手に思っている。
    MC
    かしゆかの恒例アンケート。Perfume のライブに初めて来た人が結構いた。
    コールドスリープすることを「すぐに受け止めなくてもいい」「でも悲しい話じゃないから」と優しく言っていたのが印象的。
    スタンド席には「『ディレイ』いうもんがある」のでコール&レスポンスは食い気味に反応するように、と言って練習させるあ〜ちゃんに笑。
    エレクトロ・ワールド
    名曲。曲を聴いていて、Perfume はいわゆる「セカイ系」なんだな、と改めて気づいた。単にエレクトロやテクノポップというだけでなく、ポピュラー音楽にセカイ系の設定を持ち込んでこれだけ売れたのが新しかったんだな。まあエレクトロ・ワールドの時点では全然売れてなかったわけですが。
    ソーラ・ウィンド
    「リニアモーターガール」「コンピューターシティ」「エレクトロ・ワールド」のSF三部作を Mr.MIC のショーで歌う三人の映像から、センターステージに三人が出現して「ソーラ・ウィンド」。「後篇」の中でもかなり好きな曲。かしゆかのソロ、いいですよね。ステージに座ったのっちさんの太股がやばかった。
    スクリーンにレーザーを飛ばして映像とシンクロさせる演出あり。ラスベガスの「Sphere」でこれが使われている動画を見たことがある。こういうのを早速採り入れるチーム Perfume、さすが。
    Virtual Fantasy
    3方向の花道に三人が展開。チルな英語詞のダンスナンバー。「ネビュラロマンス」前後篇のレコーディングはアソビシステムのディレクターさんが仕切り、この人は帰国子女なので英語の発音をかなりちゃんと直されたと三人がインタビューで言っていた。この曲も含め、英語詞の譜割りがかなり自然になっているのもこの人のおかげかも。
    花道ステージ間の移動はキックボードで。可愛い。
    映像パート
    今回、ステージのスクリーンだけでなく、東京ドームの超横長リボンビジョンも演出にフル活用されていた。すごく良い。
    FUSION
    おなじみの影の演出がドームの天井まで使って披露された。すげー。おそらく史上最大の「FUSION」。
    映像パート
    2014年「ぐるんぐるん」ツアーの映像パート曲「EPISODE 0」。ロボットアーミー役で、MIKIKO先生のダンスカンパニー「elevenplay」が登場。Perfume のライブでは三人以外はステージに立たないのが長年の不文律だったが、2021〜2022年の [polygon wave] 公演で初めて elevenplay と共演した。そのとき以来のイレブンさん。暗闇で自分にライトを照らしながらのアニメーションダンスという先生のアイデアが凄い。何でこんなの思い付けるんだろう。
    Perfumeの掟
    イントロが流れた瞬間、おい嘘だろ、とファン歓喜。2010年の初東京ドームでやった伝説のダンスパートを完全再現した。泣くでしょ。集大成なんだから全部やっちゃるよ、というチームの気迫を感じる。スクリーンの中で三人が今回の衣装と2010年の衣装をCGで複雑にシャッフルされながら踊り、その前で生身の三人が映像に完全に合わせる。「凄い」しか言えない。
    「10人のかしゆか」。当時は技術的限界で映像のディレイを解消できなかったが、今回はほぼ遅延なしで生身のかしゆかと同期していた。しかも高解像度で。
    あ〜ちゃん。花道の風船をレーザーガンで割る。割った後にポニーテールを回してキメ顔を作る演技まで完全再現。
    のっち。2010年の「掟」では1〜11の数字に合わせて代表曲のポーズをしていく演出だったが、今回は12〜25で2012年から2025年までの曲のポーズを披露。
    2012:Spending All My Time
    2013:Magic of Love
    2014:Cling Cling
    2015:Pick Me Up
    2016:FLASH
    2017:TOKYO GIRL
    2018:無限未来
    2019:再生
    2020:Time Warp
    2021:ポリゴンウェイヴ
    2022:Flow
    2023:Spinning World
    2024:The Light
    2025:Moon
    でした。歴史だ。
    2010年の「掟」でかしゆかが満足のいくパフォーマンスができなくてその後ずっと引きずっていたという話が Perfume 史の中で繰り返し語られていて、どこを失敗したのかについては諸説あってよく分からないのだが、今回の再演では余裕が感じられた。もう一度演じることで15年の呪いをようやく解いたのかもしれない。
    Flow
    センターステージにて。これは自分の実存がいずれ雲となって流れてゆくという、諸行無常や解脱を感じさせる曲で、最近のあ〜ちゃんが好きな曲として挙げていた。シングル曲としては地味な方だと思うが、これをセットリストに入れたところに、「Perfume の物語をいったん閉じるけど、Perfume はこれからもみんなの中に遍在しているよ」という三人の思いを感じる。
    Teenage Dreams
    ボックスに座って歌う三人。昔から彼女達はいつでも自分たちのことを謙遜して、アイドルだとは決して自称しなかったが、この曲をわざわざハンドマイクで歌ったところに、アイドルを演じろと言われれば勿論できますよ、という矜恃を感じた。
    Human Factory -電造人間-
    「私たちは飼い猫」なので、ネコっぽい振付。本人役で出演したタイアップ映画の中で流れたくらいで、この公演で披露されるのが最後かもしれない。超貴重。
    映像パート
    2016年のアルバム「COSMIC EXPLORER」の1曲目「Navigate」がBGM。
    Moon
    「shake, shake 空を舞うよう」の振付が好き。たぶん全員好き。
    exit
    ネビュラロマンスの物語の大団円。荒廃した地球を蘇らせたのと引き換えに消滅した三人が、実は並行宇宙に転生していたことが3年後に判明するというエンディング。映画「ネビュラロマンス」の名場面が流れ、エンドロール。泣くでしょこんなの。もうこのへんまでで泣きすぎて目が腫れぼったくなってました。「3年後」という設定が実は予言だとしたら、Perfume の復帰も2028年なのかも。
    ポリリズム
    「Remixed by Yasutaka Nakata」の文字とともに、衣装を替えた三人がセンターステージに登場。ここから神曲DJメドレー。過去の「ポリリズム」の stage mix 映像とともに歌う。生で見る「ポリリズム」はこれが最後かも、と思うと泣けてしまうので、なるべく考えないようにした。銀テープが飛んだが、風に流されて自分の方には落ちてこなかったのが残念。
    Butterfly
    まさかの。アルバム「GAME」の名曲だが、ライブでは衣装替えの曲として使われたくらいで長年歌われておらず、2018年の「Reframe」公演で初めてフルの振付が付いた。メドレーながら久々に聴けた。
    edge
    フルでやるかと思ったらメドレーに「edge」をぶち込んできた。「Say Yeah!!」を全員で叫ぶ。
    チョコレイト・ディスコ
    「edge」からこんなに綺麗につながるんだ、という発見。「期待してる男の子」でかしゆかがウィンクしたのを俺は見逃しませんでしたよ。配信のアーカイブでもちゃんと抜かれていて大満足。
    P.T.A.のコーナー
    年齢アンケート。最多は30代か。20代〜50代がコア。20代の子たちは小学生時代に聴いていたってことか。「年齢なんて関係ない、一生青春」と言うあ〜ちゃん。
    当然のように「歯みがきの歌」をやったが、「ultra soul」とかはなかった。生配信があるので自粛したんでしょうか。
    「かぼちゃ」「ススキ」「栗拾い」。栗を投げ合う三人。「うっうー!」と言いながら投げられた栗をかわすあ〜ちゃんに笑。
    NIGHT FLIGHT
    懐かしい。アルバム「⊿」(2009年)の曲。いまだにアイスを買うときはしばしば「ピノ」を買っている。
    MY COLOR
    ライブの締めくくりに使われる大事な曲。曲の途中で歌はそのままに「リニアモーターガール」の振付を入れるという遊びもあった。最後、三人が手をつないでスキップしながらメインステージに帰るところ、美しすぎて泣く。
    MC
    アーカイブで見直したら25分以上あった。
    かしゆか「さみしくなったら、いっぱい聴いてくれていいんだよ」「また帰ってきます」。
    のっち「一人でシャワーをしているときにはみんなへの言葉がぽろぽろ出てくるのに、今はこれがせいいっぱいです。ほんとにありがとう」。
    あ〜ちゃん「自分たちが思い描いていた夢はとうに叶っていて、具体的に考えていたのは東京ドームくらいまで」「コールドスリープするのに、みんな何ていい人たちなんじゃろう」「みんな遊びたいじゃろうに、自分がやりたいことや見たいことよりも、相手の幸せを願えるなんて、本当に素敵な関係だと思います」「Perfume は一生続けます。私たちは挑戦してみたいんよ」。
    映像パート
    「願い」とともに過去の映像集。変わっていないようで、みんな綺麗になった。MIKIKO先生も若かった。
    巡ループ
    やっぱり最後はこの曲だよな。この曲の振付自体に過去の曲の振付がたくさん入っていて、「Perfume 第一部」の総括になっている。
    Ending
    白の衣装でセンターステージから3方向に分かれて歩き、カーテシーとともに消える。3方向から中央に集まった2010年東京ドーム公演のオープニング「GISHIKI」と全く逆の演出。最後まで完璧だった。
    スクリーンには「SEE YOU AT THE NEXT STAGE」の文字が残った。いつか必ず帰って来ますよ。

    最後のあ〜ちゃんのMCで、コールドスリープは「周りの人たち」から提案されたという話があった。なぜ休むのかという理由は結局よく分からないのだが、30代のうちに仕事以外のことにもしばらく時間を使って、若いうちにしかできないことをした方がいいというアミューズまたはレコード会社の配慮があったと想像できる話だった。たくさんの人たちからアドバイスをもらったともMCで言っていた。先日のちゃあぽんとのラジオ「West Side Story」では、三人の母が会議をしたという話と、既に契約で決まっている仕事があるのでそういうものは2026年中に出るものもある、と言っている。

    ラジオを聴いて、ぶっちゃけ、ライブの動員数も理由の一つなのかなという気もした。「Perfume の活動はライブが第一」で、「一番良いこのタイミングでいったん閉じたい」という話なので、行間を補うと、ライブツアーが埋まらなくなってきたというような要因が(実際そうなのかは知らないが)ありそう。

    「ネビュラロマンス前篇」のライブは全国ツアーだったので、「後篇」を受けたツアーも当然全国を回るものだと思っていたが、結果的に東京ドーム 2days になったのが少し不思議ではあった。箱が取れなくてこうなったという話だったが、「前篇」ツアーで席が余ったという結果がもしあったのであれば、それを踏まえての選択と考えると一応つじつまは合う。根拠はないけど。(粉雪)

    Perfume は1988年度生まれなので、K-POPで言えば第2世代のKARA・少女時代の最年長メンバーと同い年。欧米で言えばアデルが同い年、テイラー・スウィフトが1歳下。テイラーより年上なんすよ。そう考えると、もうとっくの昔に「大御所」にチェンジしていていいはずなのだが、今でも後輩アーティストと TikTok でがつがつコラボしたりしている。

    そのへん、もう少し大御所らしいゆったりした活動にシフトするために休むということもあるかもしれない。一生 Perfume でいるためのコールドスリープ、という言葉にはそういう含意もあるのではないかと。考えすぎかもしれないが。

    個人的には、40代も50代も近未来型テクノポップユニットでいて欲しい。「私がオバさんになっても」を歌う森高千里(56歳、2児の母)も、「そろそろオバさんになっているかと思ったらまだなってなかった」とコメント欄で書かれるくらいだから、十分に可能なはず。

    今回のライブ映像は、後日映画館でディレイビューイングされると告知されている。見に行くしかねぇ。タオルを持って。


    ライブ初日に発表された Perfume 2026年カレンダーの三人が、2004年のインディーズ時代のシングル曲「ビタミンドロップ」と全く同色の衣装だったことにもファン界隈が感激している。分かる人だけ分かればいいという、このツンデレーション。

  • 深夜0:30にP.T.A.向けの告知があり、寝られず。朝になって一般向けにも同じ文が発表された。

    中田氏はじめ、「この先」の話をしてないよな、なんか総括ムードになってるぞというところまでは気づいたが、コールドスリープは予想から抜けていた。言われてみればなるほど。

    文面を読む限り、「また帰ってくるために少し休ませてくれ」という話なので、これで今生の別れでもないはずだが、X の #prfm 界隈などを見ていると、つられて少し感傷的にもなってしまった。ただただ、長年やってくれてありがとうございますという気持ちしかない。

    事務所の偉大なる先輩であるサザンオールスターズも2009年に無期限休止を宣言して5年後に復活している。BONNIE PINKも林檎さんも一時休止していた期間があるし、キャリアの途中で休むのは自分の感覚ではまあ普通のことで、これで終わりということではないと思っている。ぶっちゃけ、アミューズから「売上が欲しいのでそろそろ…」と言われれば復活するだろう。

    仮に3年休んで復帰すると、三人は40歳になる。Perfume は一貫して「未来感のある音楽」というコンセプトでやってきたと思うが、40歳の女性三人が近未来型テクノポップユニットとして何をどう見せるのかというのは全く未知の領域で、上のリリース文で三人自身が言う通り、このコールドスリープとそこからの復帰自体が一種の新プロジェクトであり、実験だといえる。

    とはいえ、これまでも女性グループでこんな年齢までやるなんて、ロールモデルが全くないところを走って凄いものを見せてくれてきたわけなので、復帰すればまた新しい景色を見せてくれるに違いないと楽観している。

    NHKの夕方のニュースにもなっていて、安室ちゃんやSMAP・嵐並みの扱いじゃん、凄いなぁと驚いた。長く見過ぎているので、Perfume が世間からどのくらいの格だと評価されているのか、いまだによく分かっていない。

    思い返せば2023年の年末カウントダウンライブの時点で、「2025(ZOZ5)」というキーワードが掲げられていた。なぜ2024だけでなく2025?と不思議だったが、まさにこれが CODE OF PERFUME(=Perfume の暗号)だったのかもしれん。

    あの時点で既にこの大団円を設定していたのだとすると、なかなか凄い。2025年末で休止するという壮大な計画の核心が2年弱もの間、関係者のどこからも漏れなかったという点に感動した。三人にとっての重さや意味を理解しない人が誰一人おらず、スタッフ全員に正しく共有されていたということだから。

    今回の発表文の末尾に書かれているサインは、現行のものとは違っている。確か10年前くらいにもサインを変えたことがあった。先日の「SONGS」でも語られていた、週刊誌報道などがあってちょっとごちゃついた時期の後に今のサインに変わったと記憶している。過去のインタビューでかしゆかが、Perfume とは3色の組紐のようなものだと言っていたことがある。3色の線で書かれた今回のサインを見てそれを思い出した。

    ひとまず新曲「ふめつのあなた」があることは決まっている。明言されてないけど、配信リリースされますよね。

    コールドスリープ中も、円盤になっていない映像や音源のリリースを期待している。とりあえず、長年の懸案である代々木DISCO!×3と「Perfume Clips 3」を出して欲しい。できれば今回の万博NTT館の展示も、会期後にどこかで展示して欲しい。

    9/23に東京ドームに行く。当日引換券も含めて完売したらしい。

    今年のお仕事が終わったら、心身とも、のんびり養生してください。

  • メッセージの予告。東京ドーム 2days の前日に告知があるとのこと。

    すべてのSNSと、ファンクラブ向けのメールでも同じ文面が届いた。過去になかったことなのでファンダムがざわついている。

    「巡ループ」のMVが終わりを暗示させる内容だったこともあって心配の声も聞かれるが、「音楽と人」やナタリーのインタビューを読んだ限りでは、解散ではないと思う。

    あ〜ちゃん曰く、

    「ありがたいです。でももういい大人だし、そろそろいろいろ変わってみても、いいよね?って、何年も前から言ってることだけどね。だからその変化していく私たちも楽しんでほしいなって思ってます。Perfumeはもう人生だから、3人がいる限り終わることはない。でも同じ形で一生やっていくことは、たぶん難しいから」
    ——少しずつ、変えながらね。
    「それも、Perfumeを終わらせないためにやってることだから。これからも、いろいろな決断がありますよ、きっと」

    「音楽と人」2025年9月号 p14

    かしゆか曰く、

    ——まだまだPerfumeとしてやりたいことがある、と。
    「うん。やっぱりみんな、好きなものがなくなったり、終わることへの恐怖心ってすごいんですね。私はそういうことに執着がないから『変わらないでいてね』って言われると、びっくりしちゃうんですよね。だって、〈変わらないものなんて絶対ないじゃん〉って思ってるから」

    「だからみんな、変わることを恐れないでほしい。変わっていくのが人だし、変わっていくからこそ過去が輝くかもしれないし、自分が出会った瞬間がもっと特別になるかもしれないし、変わるから変わらないでいれるものもあるかもしれない。Perfumeをそうやって楽しんでほしいなって思います」

    「音楽と人」2025年9月号 p17

    のっち曰く、

    ——違う人でやってみたら面白いかも、って声がメンバーから出てきたことってあるの?
    「ないです。やっぱりいまだに、中田さんとMIKIKO先生とやったら面白いと思うので。ただ、自分で詞を、って話が出たことはあります。そのお話はなくなりましたけど」
    ——でも、それがほんとに面白いねって言えるんだったら、チャレンジしてもいいんじゃないか、って気持ちがある、と。
    「ありますね。でも、何がイケてるかって考えたら、やっぱりPerfumeは、中田さん、MIKIKO先生、3人で作り続けるのが一番イケてるよなって思うから」

    「音楽と人」2025年9月号 p20


    これを読む限り、Perfumeはやめないし、3人の体制も変えないし、中田ヤスタカ・MIKIKO先生以外の人と組むという話でもなさそう。ただ、何らかの「変化」があることはかなり確定的に仄めかしている。

    巷では結婚・産休という説もあるが、「30歳になった時点で、もうその選択肢は考えていなかった」と過去に語っているので、今さらそれもなさそう。ただしもっと若い頃には、「結婚するときは3人同時にする」「誰かが相手を見つけたら残りの2人も急いで見つける」と言っていたことはある。

    …という傍証の数々から考えると、

    • アミューズからの移籍または独立
    • もっさんがチーフマネージャーから外れる
    • ついに髪型を変える

    くらいしか思い付かない。レコード会社の移籍は過去にやっている(徳間ジャパン → ユニバーサル)し、そのときはこんな大々的な告知はなかった。

    一つ気になるのは、今回の「ネビュラロマンス前篇/後篇」の制作に当たって、中田ヤスタカが作詞作曲に専念し、レコーディングを初めて他の人に任せたという話。中田先生は「全部自分でやりたい」「自分で作ってしょぼいものになるリスクよりも、他人の手が入って自分好みでない部分が混ざることの方が嫌だ」と常々言っていた人で、録音からマスタリングまで全て独りでやってきた。初期の曲で木の子さんが作詞者だったのを全曲自作詞に変えたのもその一環だったはず。

    なので、「ネビュラ」でレコーディングディレクターを入れたという話にはかなり驚いた。「音楽と人」でののっちの話に基づけば、今後も中田氏の曲でやるという体制には変わりがなさそうなのだが、どうも「変化」は中田氏関連の何かであるような気がする。「巡ループ」のMVで3人が倒した科学者カキモトが中田氏をモデルにしているように見えるのも、そう考える理由の一つ。

    7/31のNHK「SONGS」に出たときに、大変異例なことに中田ヤスタカからのメッセージが紹介されたが、その中で「これからも一緒にやっていきましょう」的な言葉が何もなかったのにも違和感を感じていた。完全に手を離れるわけではなくても、何らかの意味で「中田ヤスタカからの卒業」があるのではないか。

    うーん、分からん。

  • 皆既月食の色がなぜか決まり文句のように「赤銅色」と形容される件について。

    川村晶さんのツイート。

    自分はいつも、「白い小皿に出した醤油の色」に似てるなと思っている。もしくはイクラ。

    「赤銅(しゃくどう)」は銅に金を数%混ぜた合金のことで、昔から金属工芸でよく使われる。そのままだと銅と大差ない色だが、銅イオンの水溶液で煮沸する「煮色」という工程を経ると、酸化皮膜ができて紫や黒に近い色になるらしい。

    皆既月食を「赤銅色」と呼ぶ風習はどこから始まったのか、国立国会図書館サーチで「月食 赤銅色」「月蝕 赤銅色」などで検索してみた。こういう調べものを家でできるのは、インターネットと文献の電子化のおかげ。良い時代。

    国会図書館デジタルコレクションで見つかる一番古い文献は、1900年(明治33年)の『星学』という本だった。百科事典の中の一冊らしい。皆既月食の説明の中に「赤銅色」が登場する。

    …然るに其の全く蝕するに及んでも月は全く闇黒となるにあらず、尚ほ赤銅色の光を放つ。…

    須藤伝次郎 著『星学』,博文館,明33.12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/831010 (参照 2025-09-18)

    1906年(明治39年)の『言文一致文範』という本には、おそらく言文一致体の文例として、小森松風という人が書いた「田園日記」という日記文の一部が引用されており、月食を見たという記述の中に「赤銅色」が登場していた。天文学の文献ではない一般の文章でも、月食に対して「赤銅色」という表現を普通に使っていたことが分かる。

    …かくて月面は赤銅色を呈し、あるいは薄青紫色を帯び、十一時五十分に至つて全く復月した。…

    小森甚作 編『言文一致文範』,女子文壇社,明39.10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/866665 (参照 2025-09-18)

    1910年(明治43年)の「天文月報」(現在も出ている日本天文学会の定期刊行物)では平山信先生が、1909年11月27日に起こった皆既月食中の掩蔽現象を写真撮影した報告を書かれていて、そこに「赤銅色」の表現が登場する。

    …其目的は、第一、皆既月食の時分、月面が我々の目には赤銅色をして見えるが、其薄い光が寫眞乾板に感ずるや否や。…

    『天文月報』3(7),日本天文学会,1910-10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3303874 (参照 2025-09-18)

    余談だが、「月食の正字は「月蝕」であり、「月食」と書くようになったのは戦後である」的な思い込みが間違いであることも、この天文月報の記事から分かった。

    国会図書館の資料で遡れるのはこのへんまでだが、これらを見る限り、もっと昔から広く使われていた用法ではないかと感じさせる。

    用例を検索していて改めて思い出したが、「赤銅色」という色名が赤銅以外の色を例えるのに使われる圧倒的に多い場面は、実は月食の色などではなく、「人の肌の色」である。文学好きな人にとっては、「赤銅色の肌」はおそらくおなじみの表現。

    漁師の肌、印度人の肌、土人の肌(※ 検索で出てきた当時の用例のママ)のように、よく日焼けして艶のある肌や人種的に褐色の肌のことを「赤銅色」と表した用例が実にたくさん目に付く。

    「たらちねの母」などと同じ一種の枕詞として、「赤銅色の」と来たら真っ先に「肌」である、というのが、少なくとも明治期の人々にとっては普通の感覚だったらしいことが用例検索から窺える。

    「赤銅色の肌」という用法は現代の辞書にも載っている。しかし、文学作品以外ではもはや化石的な表現かも。自分も忘れていた。人の肌の色にことさら言及しないという昨今のポリコレの風潮も、この表現の衰退を加速させているかもしれない。

    上で書いたように、赤銅は煮色着色によって黒ずんだ色になる。「赤銅色の肌」とは、生の赤銅の色というよりは、この黒っぽく変化した後の色調に例えた言葉らしい。

    上述の赤銅では銅に1~5 % の金を添加した合金を用いる。この合金を加熱した煮色液に 1 時間ほど浸漬すると,表面に黒青色の皮膜が生ずる。これを赤銅という。赤銅色に日焼けしたというのは,この色のような日焼け具合をいう。

    金属に彩りを添える伝統工芸着色法, 北田 正弘・桐野 文良, 表面科学 Vol. 26, No. 4, pp. 226―230, 2005

    おそらく昔の人にとっては、刀装具や茶道具、金工の象嵌など、生活のさまざまな場に赤銅の現物があり、「赤銅色の」という表現は“暗い褐色で光沢を持つもの”を指すときに誰でも口にする、定番の形容詞句だったと思われる。

    現代ではこれら赤銅の現物が身近なものでなくなるのと同時に、ポリコレ的な配慮もあって肌の色の形容にも使われなくなり、「赤銅色」はもはや皆既月食のときにだけ唐突に登場する不思議な語に見える、ということかもしれない。

  • 今年は20万かかってしまった…。旧車を所有するとはこういうことであり、人生の一部なので悔いはない。高級車でもないおんぼろ車だが、他人から見れば贅沢な趣味に見えるだろう。

    バッテリーがへたっていて、エアコンをつけたまま発進するとエンストする状態だった。最後に換えたのが約10年前だったらしい。なのでバッテリーは交換。

    エアコンをオフにしていれば普通に走れる状態で、バッテリーの表示窓を見ても交換時期の表示にはなっていなかったので長年気づいていなかった。悠長。これはおそらく、アーシングケーブルバッテリーのキルスイッチを施工したおかげと思われる。帰宅して駐車する際には必ずキルスイッチをオフにしているので、たぶん自然放電が少なくて済んでいる。これは本当に取り付けて良かった。旧MINIには必須と言ってもよいおすすめの施工です。

    気づいていなかったが、クラッチの油圧が抜けて切れづらくなっていたとのこと。そういえばギアが入りづらいとは思っていた。本来ならクラッチペダルを数cm上げたところでつながるはずだが、この車はいっぱいまで踏み込んでちょっと上げたところでもうつながる、みたいな感じで、踏みごたえもスカスカだった。毎日は乗らないので、変化に気づかなかった。ということで、クラッチのレリーズシリンダーもアセンブリ交換。この2つが高騰の主な理由。

    ヘッドライトが今の感覚では暗すぎるので、LEDに替えることも相談した。この車のライトは純正のシールドビームというやつで、玉だけLEDにすることはできず、ライト丸ごと交換になると。もうオリジナルのライトだと光量が低くて車検に通らない個体も多い、まだ通るのは珍しいとのことだった。安全に関わる部分なので、オリジナルにはこだわらずLEDライトに替えるつもり。とりあえず金を工面しないと…。

    この年式のクーパーの標準装備としてフォグランプが2灯付いていて、ハイビームにするとヘッドライトと合わせて4灯点灯する。2017年の道路交通法改正でデフォルトがハイビーム走行になったので、これもバッテリーの負荷が増える一因となっている。いずれ Mk-I ぽいスタイルに変えていきたいので、フォグは要らないんだよな。外すか。