• 半分仕事、半分趣味で銀座のセイコーミュージアムへ。博物館・美術館の類に出かけるのはいつぶりか思い出せないほど。入場は時間帯ごとの予約制。といっても俺の他にはカップルが一組しかいなかった。

    時計および精工舎の歴史についての展示で、それほどボリュームはなく、1時間弱で全部見られる。目が悪くなって、小さいものや暗い場所の展示が見づらくなった。やはりビクセンの単眼鏡を買うべきか。

    江戸時代の時法は昼夜をそれぞれ6等分(計12段階)に分けて、正午からの半日、正子からの半日をそれぞれ「九ツ」〜「四ツ」と呼ぶわけだが、なぜ9から始まって1ずつ減って4で終わるのか、呼び名の由来というか、必然性が全く謎だった。今回この館の展示に「9の倍数の下一桁を取っている」という説明があり、なるほどと思った。9の倍数が使われた理由は、中国で縁起の良い数が9だからとのこと。それはどうかな…。

    小腹が空いたのでどこか飲食店に入ろうと思ったが、どこも大混雑。池袋に移動したが、こっちも行きつけの店は混んでいるので、コンビニでコーヒーとパンを買って南池袋公園で休憩した。この公園も人だらけ。まあ風が強かったので、飛沫どうこうを気にするレベルではない。みんなもう行動変容とかどうでもいいと思ってる感じはある。

  • このダイソーの敷地には昔工場か何かがあり、その頃にあった欅が今も残されている。

    木の隣に立っている電柱は、柱種標に「15-70」と記されているので、長さ15m。一般に電柱は全長の 1/6 が埋まっているので、地上高は12.5mということになる。ということは、欅は20mくらいはありそう。なかなかの大木。道路脇にこれだけぽつんと立っているので目立つ。

  • 報道で朝日新聞がまたいじめられている。便乗して石を投げるつもりはないが、これを見て気象庁に問い合わせるというセンスはちょっと分からない。ふだんいろんなものをあまり観察していないのではないか、とはちょっと思う。

    日常生活の中にも面白いものはたくさんあり、日頃から興味を持っていろんなものを眺めておくのは何より楽しいし、勉強になる。好奇心は人間が人間であるための根本で、ルーティンワークだけで24時間が埋まってしまうような生活をしていると、人はだんだん人間でなくなってしまう。

  • 様子を確認するために、屋根裏に入ることを決意。屋根裏への入口は、雨漏りが起きている俺の部屋の天井にはない。隣の部屋の天袋に入り、そこの天井板を動かすと上がれる。上がってみたが、隣部屋の天井部分へ移るには高さ30cmほどしかない梁の隙間を通り抜ける必要がある。匍匐前進で何とかクリア。しかしその先のルート選定を誤った。半間の間隔で2本の梁が天井を縦断しており、これを伝って匍匐で移動しないと、俺の部屋の雨漏り箇所にたどり着かない。どちらか一方の梁を伝っていくべきだったが、両方の梁に両手両足をついて移動し始めたため、途中できつくなってしまい、梁の間の天井板部分に少し体重をかけてしまった。途端に天井板が落ちて穴が空いた。幸い転落はしなかったが、肝を冷やした。ロフトなどになっていない普通の日本家屋の天井板は体重を支えられないというのは知っていたが、思いの外ヤワだった。

    何とか雨漏り部分の近くまで移動できたが、ピンポイントで雨漏り箇所を突き止めるには至らず。あちこちに染みができているのは見た。転落の危険があり過ぎるので深入りせずに戻った。最後、再び30cmの隙間に体を入れて天袋へ戻るのに苦労した。「パニックになると胸腔が広がって余計きつくなる」というベア・グリルズの教えを思い出し、落ち着いて息を吐いて肺を縮めてクリア。

    落ちた天井板はビス留めして応急処置。見てくれは悪いが仕方がない。結局雨漏り部分は、DIY で何とかできる感じではないということが分かった。もし調査などを頼むとしても、隣部屋の天袋からは事実上アクセス不可能。俺より体格のいい人にはあの隙間は通れない。俺の部屋の天井に直接穴を空けるのが正解か。

    作業後、全身埃まみれになった。マスクをしていたが、マスクの内側に埃が入って鼻の両脇に真っ黒な筋が付いた。風呂に入った後もしばらく黒い鼻水や痰が出るほど。屋根裏に上がるのはほんと、素人はやめたほうがいい。

  • 新しい画像が流れてこないなー」と tumblr を見ながら思い、ああ、終わったんだった、と気付いたりする。しばらく時間が経ってから喪失を実感するというのは、しばしばありますね。

    Perfume LOCKS