数学としてはどうやらハズレらしいと判断して以来、あまり追いかけていなかったが、朝日新聞にまた違和感のある意見記事が載っており、そういえば最近どうなってるんだろう、と思い出した。
IUT論文が恐れられているとは寡聞にして知らなかった。有料部分も読んだが、議論が膠着しているという主張や、望月氏は芸能ネタもいける親しみやすい人柄であるというどうでもいい情報、川上量生氏による例の賞金の話(後述)など。新しい話は特にない。
一連の問題について自分が以前に書いたものは、タグ「abc」で読める。
これまで書いたことの繰り返しになるが、IUTが著しく評判を落とし、見捨てられた理由は大きく2つある。数学としての問題と、望月氏及び周辺の人々の学問的誠実性の問題。数学コミュニティから見放された本質的理由は後者にあると自分は思うが、石倉記者をはじめ、IUTに大きな期待を寄せているらしいピュアな人たちは、前者の問題には言及しても、後者の問題にはなぜか全く触れない。
数学としての問題
以下の点に尽きる。
- 2017年12月、Peter Scholze(ボン大学)という数論幾何学の専門家によって、2012年に望月氏の web サイト上で公開されていた望月論文の「系3.12」という核心部分に致命的な問題があることが指摘された。同じ時期に、海外の数学者の web サイトやメールでの議論で、他にも数人の数学者が独立に、系3.12に論理のギャップがあることを指摘している (cf. Aberdein 2022, Table 1)。
- 2018年3月、Scholze と Jakob Stix(フランクフルト大学)はわざわざ来日して京大の望月氏を訪れ、1週間にわたって直接議論したが、望月氏側は系3.12に問題があることを認めず、議論は平行線に終わった。
欧州数学会他が運営する世界的な数学文献データベース「zbMATH Open」でも、望月論文にはScholzeによるレビューが付いており、ABC予想を証明したという論文の主張は明白に否定されている。これに代表されるように、望月グループの外では望月論文は否定的に受け止められている。
学問上の誠実性の問題
とは、以下のようなこと。
- 望月氏は Scholze, Stix の指摘を論文中で全く引用せず、査読チームも両氏の指摘を論文内で引用するよう求めることなく、完全に「なかったこと」にして2020年に論文を受理し、2021年に出版してしまった。
- 論文を出版した雑誌は、望月氏の所属機関である京大数理研の雑誌「PRIMS」であり、望月氏自身がこの雑誌の編集委員長に就いている。つまり、内輪の雑誌に投稿し、望月氏のお仲間が査読し、通すという実質的な自作自演になっている。(望月氏自身はこの論文に関しては編集の職務から外れているとのことだが、査読チームが忖度しないわけがないと考えるのが普通だろう。)
- 望月氏はメインのIUTの論文と併せて、IUT関連のレポート・論文などを随時自分のwebサイトで公開しているが、それらの文書の中で一貫して Scholze, Stix の名前を出さず、「RCS(redundant copies school; 冗長コピー学派)」という嘲笑を込めた呼び名で呼び続け、文献リストでも両氏のレポートを引用していない。例えばこれ。適切に文献を引用しないということは、そういう議論があったことを後世の人間が書誌情報から追えなくなるということである。
- IUTの正しさに大きな疑問が投げかけられている状況を無視して、京都大学が2019年に数理研の下に「次世代幾何学研究センター」なる機関を設立し、望月氏をセンター長に据えた。(2022年に量子幾何学研究センターと統合して「次世代幾何学国際センター」に改組。センター長は変わらず望月氏。)
最近の動き
書こうと思って忘れていた件などいろいろ。
●「ZEN大学」に「宇宙際幾何学センター」設置
ZEN大学はドワンゴ創業者の川上量生氏が設立しようとしているオンライン大学。まだ存在しない大学に研究拠点の設置もクソもないのだが、所長が加藤文元(元東京工業大学)、副所長が Ivan Fesenko(西湖大学)。もちろん望月グループの人たちである。
併せて、IUTの発展に寄与した研究者に贈る賞を創設したとのこと。
IUT Innovator Prize と IUT Challenger Prize があり、第1回の Innovator Prize は望月など5名による2022年の論文に贈られた。一応、Fesenkoは賞金を辞退したので、4名に10万ドル贈られる(10万ドルずつではなく、10万ドルを4分割なのかな)。
こういうのを普通は「お手盛り」というのだろう。IUT一派がカワンゴから金を引っぱって自分たちの懐に入れるためのスキームにしか見えない。この人たち、本当に研究者なんでしょうか?
上で挙げた学問上の誠実性の問題を放置したまま、望月氏のグループがIUTのアウトリーチという名目でこういう生臭いことばかりやっているのを、海外の数学コミュニティの人々はちゃんと見ている。以下の Peter Woit 氏(コロンビア大学、数理物理学)のブログエントリのコメント欄には数学者や数学専攻の学生と思われる読者が常時多数のコメントを寄せており、このエントリにも望月や彼の仲間の言動に対する失望、悲しみ、怒り、憐れみなどが書き込まれている。
●独立の研究者による仕事
望月論文は無駄に長く、無駄に珍奇な概念ばかり振り回して読みづらいこと山の如しなので、もう少し既存の数学の言語で書き直してみよう、という試みをしている研究者が数人いる。
その一人である Kirti Joshi(アリゾナ大学)が3月末に、既存の数論幾何の枠組みを使い、望月の系3.12のギャップを埋めて改めてABC予想を証明したと主張する論文を発表した。
これについては Scholze が MathOverflow のコメントで、Joshi の証明に明らかにおかしい箇所があると指摘している。
一方、望月も自分の web サイトで Joshi 論文を否定する文章を公開している。奇しくも、IUT で対立している Scholze と望月の両方から否定された形。
MO での Scholze の指摘は穏やかだが、望月の文章は相変わらず太字と斜体を多用して相手を口汚くこき下ろす文体。「Joshi論文はまるで ChatGPT のハルシネーションのようだ」とか何とか。
Joshi の論文で重要な定理の番号がたまたま「定理 9.11.xx」となっていることを取り上げて、「”9.11″ なのは偶然なのか、それともある種のレトリックかユーモアなのか」などと心ないイジりをしている箇所もある。
[where we note that it is not clear whether or not the number “9.11…” assigned by the author to these key results in [CnstIII] was purely coincidental or a consequence of some sort of sense of rhetoric or humor that lies beyond my understanding].
REPORT ON THE RECENT SERIES OF PREPRINTS BY K. JOSHI, Shinichi Mochizuki, March 2024
逆のケースを考えてみれば分かるが、日本人が書いた論文への反論に、「ところで君のここの定理番号が 8.6 なのは原爆投下の日付と同じだけど、なんか意味があるのかな」みたいな冗談が混ざっていたら、果たしてどう思われるだろう。
まあ望月氏はこういう人なのだと言えばそれまでだが、科学的議論の場に平気でこういう物言いを混ぜ込む態度が、彼の仕事を真剣に評価する気持ちを萎えさせ、IUTが見捨てられる一因になっている。
IUTを救いたいのなら(今から救えるとも思えないが)、いい加減気づいた方が良いのではないか。本当に、望月氏とその取り巻きグループにはさまざまなレベルでの不誠実が多すぎる。そこから目をそらし、「IUT スゴイ! 日本スゴイ! 海外の連中には難解すぎて凄さが分からないんだって!」とか「無視せずもっと議論すべき」みたいな薄っぺらいことを取り巻きやファン連中が言ってもね、まともな人たちはもう見透かして冷めきってるわけですよ。