• Perfumeさんの周年企画が目白押しで追うのが大変。とりあえず新譜が10/30に出る!

    『ネビュラロマンス 前篇』。nebula(星雲)という単語が入ってるところがなんつってもいいですね。10曲入り。楽しみすぎる。しかも昨年末のカウントダウンライブの円盤がこれに付くと。『後篇』は2025年リリース予定。

    で、これのレコ発ツワーが年末から来年4月まで。P.T.A.先行はもうすぐ開始らしい。

    “Episode 1” と銘打っているので、『後篇』が出た後に Episode 2 なのだろうか。

    虎ノ門ヒルズでやっている展示イベントにも行かねば。10/14まで。

    アー写も更新されたので携帯のロック画面も当然変えた。

    気を付けないとなんかいろいろ忘れそう。

  • 「皆さんご存じの慣用句」みたいな顔で使われているが、自分は今日初めて知った。意味は想像がつく。

    石丸も街頭演説で言うておったらしい。

    波瑠の朝ドラ「あさが来た」のセリフにも登場したらしい。2015年には存在していた言葉のようだ。

    ほぼ日本(のビジネス界隈)でしか流行っていないようで、Wikipedia 日本語版には「英語の成句」とあるが、この記事に他言語版は存在しない。

    「日本のゲームソフトのセリフに出てきて、『米国で「勇気を出して最初に始めた奴」を褒める言い回しだ』みたいに言ってるけど、そんなの聞いたことねぇし、検索しても日本のサイトしかヒットしない。何これ?」と質問している Stack Exchange の投稿があった。

    その質問への回答として、CMU の Randy Pausch という教授が書いた著書 “The Last Lecture” (2008) に由来する話だろうと書かれている。彼が担当していた計算機科学の講義では、学期末にクラスで最も野心的な失敗をした学生チームに「ファーストペンギン賞」というのをあげていたというエピソード。

    本は米国でそこそこ売れたらしく、同年に日本語訳も出版されている。それで意識高い人たちの間に広まったのかもしれない。

    ということで、おそらく英語圏で定着している言い回しではない。江戸しぐさ的な胡散臭さを感じるが、ひとまず由来が分かってよかった。

    他人を称えるのに使うならまだしも、自分で「俺がファーストペンギンになる」みたいに言うのは、なんか自己犠牲に酔ってるようだし、「俺を叩く奴らはシャチですよ」という敵認定の図式をあらかじめ用意しているようにも見え、なんだかそこもいやらしい。(※ 個人の感想です)

  • うちは昭和の木造家屋で、気密・断熱性能は無いに等しい。エアコンをかけていない部屋は灼熱。特に2階は屋根からの熱でなかなかヤバい。FLIR ONE で測定してみた。

    気温が35℃を超えており、エアコンをかけていない状態で、天井は平均して約40℃だった。天井裏に断熱材が敷かれているが、おそらく少し浮き上がったりずれていたりする場所があり、局所的に2℃くらい熱い場所ができている。(※ FLIR ONE の都合で色と温度の対応は常時変わるので、色の差には相対的な意味しかない)

    押入の上の天袋も、裏の構造は天井と同じなので40℃以上になっている。天袋の天井板をずらすと屋根裏に通じており、屋根の下地が露出している。この部分の温度は50℃に達していた(屋根は瓦葺き)。部屋の温度に多少なりとも影響しそうなので、天袋の天井板は閉じておくのが吉だろう。

    家の中の熱い場所を探して回ると、ブレーカーの漏電遮断器が40℃以上になっていることが分かった。まあ電流が流れてるからな。電気保安協会の点検でそろそろ交換しろと言われているが、温度的には異常な過熱というほどではないはず。壁に埋まっている電線も見えて面白い。

    こういう3万円くらいのサーモグラフィーでは画像の解像度は大したことがないが、温度差は十分よく分かる。雨漏り診断にも使われるらしい。

  • 実に79年。2005年にNHKで放送された美輪明宏氏の被爆体験談を見る。もともと YouTube のショート動画でこれの切り抜きを見て、元ネタを探していた。この放送自体がもう約20年前。

    映画「オッペンハイマー」を観たときには、オッペンハイマーが感じた責任や後悔に関する描写は決して悪くないように思ったが、上の美輪さんの証言のような一次資料に改めて接すると、やはり海外の人々に「オッペンハイマー」的なあれが原爆の全てだとは思われたくないとは思う。

    自分が小中学生の頃には、年配の教師に戦争体験世代がまだいた。小学校の教頭先生が書写の授業を受け持っていて、戦時中に米軍機が家の近くに墜落したときの話を授業中に聞いた。墜落現場を見物に行ったら、転がっている米兵の遺体が足の先だけ見えて、その足が綺麗な白い肌で肉付きがよくて、俺達と全然違って良いものを食ってやがると思った、とか、大人達が悪態をつきながらその遺体を竹槍でつついていたとか、そんな話をしていた。

    8月の七夕まつりになると、屋台が並ぶ通りに軍服姿で片足がないような(自称)傷痍軍人という人が現れて、ハーモニカを吹いて投げ銭をもらう光景を、1980年代前半くらいまでは見かけた。本物の復員兵だとすると当時でも60代にはなっているはずで、今思えば騙りだったのだろう。

    東京ドームで NewJeans のハニちゃんが「青い珊瑚礁」を歌って日本の昭和おじさんたちが一気にバニーズになったと話題になっていたが、あれは1980年(44年前)の曲。1945→1980年よりも、1980→2024年の方がもはや時間的距離が遠いという事実に愕然とする。1980年当時の韓国では日本の音楽や映画などの大衆文化は禁止されていた。時が流れすぎ。

    そんなことをとりとめもなく考える。

  • 8/10(土)

    久々にコイン洗車場で泡洗車。早朝の涼しいうちに、と思ったが起きられなかった。炎天下だと車体を濡らしたそばからどんどん乾いていくのでやりづらい。

    常時カバーを掛けているので土埃はほとんど付いていないが、虫の死骸が屋根の溝にたくさん溜まる。何でか知らないが、ボディカバーの中にハエやアブがたくさん入り込んでそのまま死ぬんだよね。カバーを掛けていない状態でも、白いルーフトップの部分に虫がよく止まる。太陽光が白いルーフに反射して、そこに含まれる紫外線に誘引されるのだろうか。

    ホームセンターへ。木の縁台を安売りしていたので購入。

    8/11(日)

    縁台をニスで塗装。今日は起きられたので8時半から作業できたが、早くも猛暑だった。直射日光を避けて家の北側で作業。

    駐車スペースのちょっとした荷物台としてこれを設置。車で出かける前と帰ってきたときに、毎回ボディカバーを付け外しする。その際に鞄や買い物袋を地面に置くしかなかったのが地味にストレスだったので、これに置く。一応、耐荷重120kgとのことなので腰掛けにもなる。

    以前にも木製の台を買って置いていたが、塗装をせずに白木のまま使っていたら1年くらいで朽ち果ててしまった。雨ざらしなのでやはり何か塗らないとダメらしい。

    今年はあいにくお盆休み的な日がとれないが、こういうことに時間を使うと少し夏休みっぽい。