芥川賞

旧聞の消化シリーズ。市川沙央さんの芥川賞受賞コメントをめぐるツイートについて。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/613181

市川さんは、障害を持つ人にとっては読書や執筆という行為自体が難しいという「機会をめぐるバリア」について話しているので、数字を持ち出して受賞の確率云々を論じるのがそもそもずれているのだが、この数字自体も怪しいところが自分には気になった。こういうツイートでも1.3万いいねとかに達してしまうのはちょっと。

「重度障害者」という用語には、調べてみると実は統一的な定義は見当たらないのだが、障害者雇用促進法でいう「重度障害者」は、身体障害者手帳の1・2級、もしくは3級で障害が複数ある人(重度身体障害者)、または療育手帳の等級がA(重度)の人(重度知的障害者)となっている。企業の障害者雇用率を計算するときに使う定義がこれ。

重度障害者医療費助成という制度もあり、これは自治体ごとに運用されていて「重度」の定義が自治体によって違う。埼玉県は身体障害者手帳の1〜3級 or 療育手帳のマルA・A・B or 精神障害者保健福祉手帳の1級が対象。

そんな感じで統一的定義がないが、とりあえず各区分の等級ごとの人数は、最新の平成28年の統計で以下の通り。

  • 身体障害者手帳所持者 428.7万人
    • 1級 139.2万人
    • 2級 65.1万人
    • 3級 73.3万人
    • 4級以下・不詳 151.2万人
  • 療育手帳所持者 96.2万人
    • 重度 37.3万人
    • その他 58.9万人
  • 精神障害者保健福祉手帳所持者 84.1万人
    • 1級 13.7万人
    • 2級 45.2万人
    • 3級・不詳 25.2万人

この統計の第7表を見ると、「65歳未満で身体障害者手帳1級」の人数が36.9万人となっているので、上記ツイート主はこの数字を引用したのかもしれないが、これを重度障害者の数とするのは過小すぎる。障害者雇用促進法の定義を援用すれば、(3級で複数の身体障害を持つ人を除いて)少なくとも241.6万人が重度障害者ということになる。統計の対象年である平成28年の日本の人口は1億2693万3000人なので、日本国民の52.5人に1人が重度障害者ということになり、「337人に1人」というツイート主の見積もりは少なすぎる。

また、芥川賞は今回が第169回だが、1回に2人受賞することもあり、受賞者なしという年もあるので、正確に数えるとこれまでの受賞者数は181人となる。

まとめると、日本国民からランダムに1人選んだときに重度障害者である確率は1/52.5もあるのに、今回市川さんは過去181人の受賞者で初の重度障害者ということになり、やはりあと2、3人はすでに重度障害者が受賞していてもおかしくなかったのでは、という話になる。(受賞頻度が有意に低いのかどうかは統計的検定をすればいいのだろうが、よく分からないので割愛。)

蛇足だが、ツイート主の「中央値」の認識も何だか謎(これはリプで突っ込まれている)。「確率 p で起こる事象が初めて起こるまでにかかる試行回数」の分布は、離散的な事象だと思えば幾何分布、連続的な事象(試行回数ではなく、事象が初めて起こるまでの所要時間)だと思えば指数分布というものになる。平均値は 1/p、中央値は (log 2) / p なので、今回のケース (p = 1/52.5) では中央値は約36回となる。181回もかかるというのは平均値からも中央値からもかけ離れている。

市川さんのインタビュー。

https://www.businessinsider.jp/post-275149

例えばATMとか、コンビニのコピー(各種発券)機とか、車椅子だと画面がまったく見えず、使えません。この社会に障害者はいないことになっているので……。

インフラはもちろんとして、高い公共性のある機器やシステム、イベント運営のルールなどは多様な利用者を想定し、テストしながら設計するべきではないかと思います。


「この社会に障害者はいないことになっている」芥川賞・市川沙央が語った10の言葉 | Business Insider Japan

「そういうときは店員が補助します」という建前になっているのだろうが、一人で使える形になっていないこと自体が不平等であるというのはその通り。そこを完全に平等にするには非常にコストがかかるが、「助け合う社会でありたいですよね」というのと「誰かしらが助けてくれるように算段を付けておくからそれで我慢しろ」というのは別の話だしな。