(2022/05/23 追記:5/22 の「声」欄に、大学教員の方からのアンサーが載っていた。)
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こどもの日ということで、朝日「声」欄が子供の意見特集になっていた。でまあ、こういう投書が14歳の子から来たという、いつもの釣り針メソッドなわけですが。俺は過去に一度釣られてみたのでもう投書はしないが、未成年者に限らずこういう考え方はよく目にするので、自分の考えを再度まとめてみる。
金を何に使うかはその人の自由
自由主義の下では、金持ちが自分の金を何に使うかはその金持ちが決めることで、他人が口を出すべきものでもない(利己的な使い方しかしない金持ちは尊敬されないというのはまああるが)。税の使い道を国民が議論するといった話とは本質的に意味合いが異なる。
世のたいていの問題は二択問題ではない
「宇宙を目指すのか、地球上の貧しい人々を救うのか」というのは問題設定としてあまりにも解像度が粗い。十分豊かになって両方同時に目指せばいいという言い方もできる。二択を迫られていると思ったら、本当にその二つしか選択肢がないのかという点をまず考える必要がある。
行為の意義や価値を評価するのは大変難しい
「人の役に立つこと」とは何か、「人の役に立たない道楽」とは何かを、万人が納得するように、現在の知識のみから決めるのは非常に難しい。
世界中の何千万人もの人々が、ファイザーやモデルナの開発した史上初の mRNA ワクチンの恩恵を受けて COVID-19 による死を免れているが、mRNA ワクチンの基礎技術も「そんなもの研究して何の役に立つのか」と言われていた技術の一つである。科学史においてこの手の話は枚挙に暇がない。
イチローや大谷翔平の業績は「人の役に立つ」ことだろうか? 「人々に感動を与えた価値ある偉業だ」という言い方もできるし、「あいつらはボールを投げ、棒でひっぱたいているだけだ。そんなくだらないことのために莫大な年俸を支払うくらいなら、それを貧しい人々の食事や医薬品のために使えばもっと有意義だったはずだ」という言い方もできる。
行為の意義や価値に序列を付けるのは大変危険
「そんなことよりもっと大事なことがある」論者がよく言う「もっと大事なこと」というのは、たいていは突きつめれば「健康でいること」「貧しさから抜け出すこと」「長生きすること」「死なないこと」あたりに行き着く。つまりは「生存」である。
生存は確かに大事で、生存権は基本的人権の一つでもある。生存権すら脅かされている人々が世界にはたくさんいて、その人たちに手を差し伸べなければならないという話はある程度正しい。
だが、「もっと大事なことがある」論ばかりを言いすぎると、えてして「生存だけが人間にとって最重要で、それ以外のことはすべて生存より優先度が低い」という極論へと逆転しがちだ。
生存だけを最優先するという価値観は、言ってみればゾウリムシの行動原理と同じだ。餌のある方向へ移動し、餌を食べ、生き延びる。人間が人間であることをやめて、他の動物と同じく生存と生殖だけやっていればよろしいということになってしまう。
さらに、この「もっと大事なことがある」論や「人の役に立つことをやれ」論を追求した先には、「役に立つ人間」と「役に立たない人間」を選別し、後者は前者より価値が劣ると考える思想が出てくる(これを「優生思想」という)。こうした思想に基づいて身体障害者を集めて大量に殺したのが、かつてのナチスであり、やまゆり園事件の犯人である。人間の行為に「意義」や「価値」のランクづけをするというのは、その根本に必ず暴力性を孕んでいるものなのだ。
「一見無価値な行為をすること」こそが人間の定義であり、存在意義である
ゾウリムシは宇宙を目指したり、音楽を奏でたり、100m走のタイムを競ったり、素粒子がひもからできているかどうかを考えたりはしない。人間だけが、その発達した大脳を使って文明を生み出し、「食って今日を生き延びる」以上のことに時間を使えるようになり、その時間を使って生み出した膨大な数の「役に立たない道楽」の中からさらに高度な文明の材料が生まれる、という循環を繰り返して進歩してきた。
「宇宙に行っていったい何の役に立つのか」という問いは、退化を求める危険な欲求を内包している。「みんな平等に貧しくなろう」というあれだ。そうではなくて、「宇宙に行くために人間は人間になったのだ」「音楽を奏でるために人間は人間になったのだ」「ABC予想を証明するために人間は人間になったのだ」「消しゴムのカスを集めてボールを作るために人間は人間になったのだ」と考える方が真っ当なはずなのだ。地上の問題を解決し、同時に宇宙も目指す、両取りを狙える程度には人間は豊かになったし、賢くもなっているはずだ。
Comments
“「宇宙より大事なこと」論” への1件のコメント
[…] これもまた、二択でない問題を二択だと言い張る詭弁の一例といえる。 […]