「あれは解析の誤りに起因する artifact だ」という主張をずーっとされている方がいて、その主張をまとめた論文が ApJ に accept されたという話を見た(共著者の中に俺の知った人の名前があって、相変わらず有り余る才能を持て余してあちこちに噛み付いていらっしゃるなぁ、お元気そうで何より、と安心した)。主著者の方の人は2019年の M87 の結果が出る前から、「EHT の構成ではシャドウなんか出ない」説を熱心に主張されている。
彼の主張の正当性を論じられるだけの専門知識は私にはないが、まあ科学の土俵上で論じ合うのは良いことだろうと思う。
とにかく、tweet をミュートしないと、とげとげしいご主張がちらちらと目に入って煩わしいほどなので、本間さんに取材したときに「あの人の話ってどうなんですか」と聞いてみたことがある。曰く、EHTチームとしては、彼の主張は全く当たっていないし、彼が懸念している点についても、言わずもがなで徹底検証して大丈夫だという結論になっている、彼の学会発表の席で、逆に彼の主張に含まれているおかしな点を指摘してみたが、彼はまともに答えられなかった——というようなお話であった。うーむ。
科学の論争で少数派の側に立つ人がいるというのは大切。科学は宗教ではないので。今回共著に名を連ねている、俺が知っている人についても、噛み付くのが好きなのか何なのか動機はよく分からないが、まあ現代のフレッド・ホイルみたいな存在でありたいのかな、などと思いながら生暖かく見守っている。
EHT に関して言えば、「データ解析に瑕疵がある」という論点で争ってもなかなか決着はつかないだろうと思う。EHT 側で、同程度の視直径を持つ BH ではない天体(形の正解が分かっている天体 (※))の信号を同じ手法で画像化して、正しい絵が出てくることを示してやれば、もう少し説得力が増すかもしれない。シミュレーションでの検証を並べるだけでは少し弱い。
※ EHT は人類史上最高分解能の望遠鏡なんだから、EHT の絵と比較できるような「正解が分かっている」絵なんかないだろ、というのはまあそうなのだが、「そのもの」ではなくても、天体のタイプから「こういう絵が撮れるはず」と言える、という意味での「正解」が分かる天体はあるはず。例えば、低質量X線連星であれば、主星のロッシュローブから物質があふれて伴星に降着している姿が写るはず、とか。EHT 以外では分解できないような分光連星とか系外惑星系を分解してみるとか、まあいろいろ考えられる。
一番いいのは、EHT ではない独立した VLBI 網でリング像を得ることだ。現代科学の発見は、結局みんな独立した実験・観測や追試があって受け入れられている。ヒッグス粒子は ATLAS と CMS という2つの実験で5σを超えたから認定されたわけだし、重力波も LIGO の2基と Virgo の1基で検出されたから認められた。宇宙の加速膨張も Perlmutter のチームと Riess, Schmidt のチームが独立に加速膨張を結論したから受け入れられた。CMB のゆらぎも SN 1987A のニュートリノも、複数の独立チームで同じ結果が出たことで受け入れられている。ハッブル定数は、複数の手法の間に tension があるせいで今一番ホットな宇宙論の問題の一つになっている。
EHT も、EHT だけというのはやはり弱い。なんなら彼が主導して、時間と金をかけて another EHT をやればいい。焦らなくても BH は逃げないし。ご自身の寿命は尽きるかもしれないが、問題意識を共有する若い人を見つけて引き継げばいい。
彼とは直接話をしたことはない(twitter でなんか reply をもらったことはあったかも)。天文の関係者で大変悲しい経緯でご家族を亡くされた方がいて、その通夜に彼が出席し、喪主となってしまったその方が通夜の席で泣いていたとかいう話を無神経に twitter で言いふらしているのを見かけた。ああ、いい歳をしてこんなに思いやりのない幼稚な人なんだ、クズじゃん、と腹立たしく思ったのを覚えている。
まあ、人格がクズであっても学問的業績が一流なら OK という考え方もあるが、一人ではやれない現代の巨大科学プロジェクトをやる上で、一緒に仕事をしたいと思える人格の持ち主かどうかというのは、それなりに大事でもあろう。
俺は何の話をしているんだ。