でミューオンの異常磁気モーメントの測定値が出て、標準模型の予言と 4.2 σ ずれているというので、やれ新粒子だ第5の力だと浮かれている人々が散見されるが、いやいや、まだあわてるような時間じゃないという記事がさっそく Quanta Magazine に載っている。4/7 に FermiLab の発表があることは予告されていたので、記事もそれに合わせて準備されていたのだと思うが、それにしてもこういうバランスの取れた密度の濃い記事をパッと出せるメディアというのはさすがだなと思う。ABC予想もそうだが、国内のぬるい景色だけを見て過ごしていると本当に井の中の蛙で、世界レベルの科学報道がどういうものかというのを本当に知らないままになってしまう。危ないことである。
上記の記事や twitter などを眺めた限り、この件で注意しなければならないのは以下のあたり。
- FermiLab の実験は、先行実験である BNL での実験の電磁石をそのまま運んでやっているものなので、BNL と独立に再び不一致が出たと言うにはやや弱い。そういう意味で、J-PARC で行われるミューオンg-2/EDM実験は真の別チームによる別実験として結果が期待されている。
- 標準模型に基づく理論値がそもそもわりとよく変わる。理論値と言いつつ、ミューオンの g-2 の値を計算するためには、加速器実験で得たいろんな粒子の測定データが要る。これらの実験結果が変われば「理論値」も変わる。
- 加速器実験のデータを使わない理論値の計算方法として、lattice QCD がある。標準模型に基づく粒子の挙動をスパコンでシミュレーションするもので、BMW と呼ばれる欧州チームによる最新の結果が、FermiLab の発表に合わせるように、4/7 付けの Nature で出た(プレプリントは2020年2月に arXiv に出ている)。これによると、ハドロンの生成消滅の寄与を精密に計算してやればミューオン g-2 の理論値は大きくなるので、BNL や FermiLab で得られている実験結果は標準模型の範囲でほぼ説明できてしまい、新しい物理が存在する可能性は減る。
ということで、ヒッグス粒子の発見などとは違い、簡単に決着する話ではなさそう。
なお、このニュースで「初めて標準模型の破れがー」とか言っている輩がいるが、ニュートリノ振動だって標準模型を超える物理だろう。梶田さんに謝れ。