「実名/匿名」の

2通りに「当たり障りのある言動/ない言動」の2通りを掛けた4象限を考えたとき、一番スリリングで面白いのは「実名で」「当たり障りのある言動」を発信することだ、という価値観が小山田とかコバケンのあの件の背景にはたぶんあって、そのギリギリを攻める愉しみを、世間にバレずに追求できた最後の時代が’90年代だった。

バレずに済んでいたのはSNSやスマートフォンや文春オンラインがなかったからで、サブカル雑誌や一度きりのライブ公演、ラジオの深夜放送などに危うい表現があっても、それを一般市民が記録して即座に全世界に共有するしくみが当時は存在しなかったから、それぞれの蛸壺の中で行われていた露悪が真っ昼間の世界に引きずり出されることはなかった。

一部の人々が「当時はそういう悪趣味が許容される時代だった」みたいなことを言って燃やされているが、許容されていたわけではなく、雑多な蛸壺メディアの中の営みが表面化しなかっただけという方が正しいだろう。

今やそういう時代は終わり、「実名で」「当たり障りのある言動をする」という象限は消滅したし、今後も復活することはない。’00年代以前に生まれた旧世代は認識を更新しなければならないし、古き良き時代の出版物やVHSビデオテープなどに危うい表現を残した人は、バレたときの身の振り方を考えて21世紀を過ごさなければならない。