2025年6月5日、New Scientist 誌 “The bizarre story of a maths proof that is only true in Japan” の翻訳

6月の記事であり、旧聞に属するが、見たところ和訳されていないようだったので、お盆休みの息抜き代わりに訳した。


日本でのみ真とされる数学証明の奇妙な物語

世界で一握りの人々のみが理解していると主張する500ページの証明が、数学史上類を見ない論争を引き起こした。そして今、この物語に新たな展開が生まれている、とジェイコブ・アロンは語る。

ジェイコブ・アロン
2025年6月5日

科学ジャーナリストとして、何度も立ち返る話題がある。もちろん気候変動は現代最大の話題だ。そして「意識とは何か?」や「我々は宇宙で孤独なのか?」といった大きな疑問もある。しかし、私にとって手放すことのできない話題の一つが、10年以上にわたって続いている、ある数学の論争である。私はこれを「日本でのみ真とされる証明」と呼んでいる。

最初から話そう。2012年、京都大学の数学者望月新一が、500ページにわたる驚くべき論文群を発表し、宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論と呼ぶものについて詳述した。これは、数とその掛け算や足し算を通じた関係といった、通常の数学的対象の概念を引き伸ばし、変形し、新しい数学的「宇宙」に変換して、そこで突いたり押したりして新しい洞察を得るための枠組みであった。「彼は文字通り、従来の対象をひどい方法で分解し、新しい宇宙で再構築している」と、当時ある数学者が私に語った

これはかなりクールに聞こえるが、これが特に大きな話題となったのは、望月がIUTを使ってABC予想を解いたと主張していたからである。ABC予想は現在40年の歴史を持つ数論の深い問題だ。IUTとは異なり、この予想の記述は比較的理解しやすく、単純に a + b = c という方程式から始まる。各文字は整数を表す。

ここで、すべての整数はその素因数に分解できるということも知っておく必要がある。素因数とは、すべての数の構成要素となる素数のことだ。例えば、21の素因数は3と7であり、12の場合は2、2、3である。12の場合は2が素因数のリストに2回現れるので、私たちは各素因数を一度だけリストアップして、「相異なる素因数」について語ることもできる。

ABC予想が提案するのは、a、b、cの相異なる素因数をすべて掛け合わせた結果は通常、cより大きいということである。例えば、12 + 21 = 33 の場合、相異なる素因数は2、3、7、11(繰り返し現れる素因数は除くことを思い出そう)であり、それらの積は462で、これは33より大きい。これは別の考え方をすれば、足し算と掛け算の相互作用が数の構成方法に制限を課すということである。

ABC予想が証明されれば、数の本質に関する深い意味が明らかになるだけでなく、この予想に依存している他のたくさんの数学的結果が解き明かされることにもなる。これには特に、困難さで悪名高い「フェルマーの最終定理」のかなり単純な証明が得られることも含まれるため、望月の主張は大きな話題のように思われた。ただし、一つだけ問題があった:彼の理論を誰も理解できなかったのである。2012年の発表時、数学者たちは望月の研究を「宇宙から来た」論文に例えた。彼のアプローチはそれほど異質だった。

数学者が大きな証明を処理し完全に理解するのに時間を要することは珍しくないが、その後に起こったことは数学史上他に類を見ないものかもしれない。望月が自分のウェブサイトに最初の投稿をしてから数年後、この壮大な証明はまだ学術誌で、正式な出版に向けた受理をされていなかった。2014年末、彼は論文の更新版を投稿し、他の数学者が自分の論文に十分に取り組んでいないと批判し、京都大学で数ヶ月間、彼の下で学んだ研究者たちはそれを理解できたと指摘した。

この膠着状態は何年も続き、IUTを理解するための会議が開催され、この研究の300ページにわたる「要約」まで発表された。2017年までに、実際に望月の研究を理解している人は十数人程度と言われていた。——彼らは全員、望月の熱心な指導を受けた人々であった。しかし、望月が日本を離れて国際会議に出席したり、より広い世界と関わることを拒否しており(例えば、New Scientistからのインタビュー要請には一度も応じたことがない)、ほとんどの数学者は、報われるかわからない理論を学ぶのに時間を費やしたくはなかった。

しかしその後、2人のドイツ人数学者がこの論争に解決をもたらすように見えた。ボン大学のペーター・ショルツェとフランクフルト・ゲーテ大学のヤーコプ・スティックスという、この分野の重鎮2人である。彼らは2018年3月に京都(※1)で望月と1週間働き、彼の証明に致命的な欠陥を発見したと9月に発表した。

(訳注※1:元記事では in Tokyo となっていますが、訪れたのは京都なので訂正。)

その誤りは「系3.12」と呼ばれる証明の一部に関するもので、この箇所はABC予想を証明する望月の仕事にとって重要な部分とみられていた。ショルツェとスティックスは、この箇所に正当化できない論理の飛躍があると主張した。「我々は証明は存在しないという結論に達した」と2人は書いた。なお、この記事についてのコメント要請に彼らは応じていない。

しかし驚くべき展開で、望月とその信奉者たちは、いかなる誤りの指摘も受け入れることを拒否した。2020年、IUT論文は査読付き学術誌「Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences (PRIMS)」での出版を受理された。これは十分に尊敬される学術誌だが、批判者たちは、望月が(現在も)その編集長であることから利益相反の可能性を指摘した。ただし、彼は出版の決定には何の役割も果たしていないとされている。論文は2021年号に掲載された。

そこで我々が得たのは、数学者の大多数が欠陥があると信じているが、日本の少数の信奉者たちが真実だと主張する証明である。正式な出版以降、望月の支持者たちは「宇宙際幾何学センター」を設立してIUTを推進し、それが偽であることを実証できる人に100万ドルを授与する賞金まで設けた。これはショルツェとスティックスがすでに成し遂げたように見えることである。IUTの研究で重要な進歩をもたらした人々に毎年授与される別の賞もあり、10万ドルの賞金を伴う最初の賞は望月とその同僚たちに贈られた

ここまでの結果は全く奇妙だが、別の挑戦者が舞台に登場したため、話はそこで終わらない。近年、アリゾナ大学のキルティ・ジョシが、望月とショルツェ/スティックスの両方が間違っているが、この危機を解決する策を持っていると主張する研究を繰り返し発表している。彼(※2)は系3.12で発見された誤りを修正したと主張しているが、ショルツェは同意していない。一方、望月の反応はきわめて敵対的で、ジョシの問い合わせに直接関わることを拒否し、代わりにジョシの研究を「深く無知」で「意味のある数学的内容を一切欠いている」と批判する投稿を行った

(訳注※2:Kirti はインド系の主に女性の名前だが、私はJoshi氏の性別を知らない。原文の he のまま訳している。)

5月、ジョシは「望月-ショルツェ-スティックス論争に関する最終報告書」と題する論文を発表し、この問題に終止符を打とうと試みているように見える。「私は[望月、ショルツェ、スティックス]の主張を綿密に詳しく検証し、…望月の研究がそれなしには不完全となる、理論の標準的定式化を提供した」と彼は書いている。ジョシはコメント要請を断った。

誰が正しいかについて満足のいく答えを得ることはできるだろうか? 数学の純粋性が非常に人間的な中傷合戦に堕落したように見える中、おそらく公平な仲裁者を呼ぶ必要がある。驚くべきことに、形式的証明チェッカーという形でそのようなものが存在する。このアイデアは、数学的証明の各部分を機械可読な形式に翻訳し、コンピューターが各ステップが論理的に正しいかをチェックするというものである。

もしこれが簡単に聞こえるとしたら、それは違う。「形式化」のプロセスは複雑で困難であり、この方法でチェックされる証明は非常に少ない。私が2015年に、証明チェッカーで望月の研究を検証するアイデアについて最初に書いたとき、数学者たちは、それはおそらく元の証明よりも困難だろうと私に言った。人工知能が形式化に使われ始めて以来、状況は進歩したが、望月の研究が日本の外で「真」となるまでには、まだ長い長い道のりがあると思う。

(訳出終わり)


新しい内容は特にないが、5月の Joshi 氏の投稿を受けての記事ということだろう。