レプリコンワクチンのしくみ

身内から聞かれたりもしたので、改めて調べ、まとめてみる。話のマクラが何段階か要るのでどうしても長くなる…。


コロナウイルスのしくみ

新型コロナウイルスはざっくり以下の4つのパーツでできている。

  • カプシド(RNAを守るたんぱく質の。電線の被覆のようにRNAを覆っている感じ)
  • エンベロープ(ウイルス粒子の外形を作っている脂質の
  • スパイク(エンベロープに生えている、たんぱく質のトゲトゲ
  • RNA(ウイルスの設計図。鎖状になっている)
    • RNAには、カプシドとスパイクの作り方、さらに「レプリカーゼ」というものの作り方が書かれている。
    • レプリカーゼとは、RNAの鎖を読み取って同じRNAをたくさん複製するコピー機のような酵素。これも実体はたんぱく質。

(他にもMたんぱく質・Eたんぱく質というパーツがあるが、「ざっくり」の話なので略)

Soubor:3D medical animation corona virus.jpg – Wikipedie, 改変, CC BY-SA 4.0

コロナウイルスは以下のステップで感染する。

1. 侵入

ウイルスのスパイクがヒトの細胞の表面にある受容体と接合してウイルス粒子が細胞内に取り込まれる。ウイルスのエンベロープは細胞膜と融合したり、分解されたりして失われる。

細胞内に入るとウイルス粒子のカプシドが壊れ、中のRNAが細胞内のリボソームという場所へとふわふわ移動する。

2. パーツの大量生産

リボソームとは、RNAを読んで、そこに書かれているレシピ通りにたんぱく質を作る「たんぱく質工場」のような細胞内小器官。

丸いのが細胞核。細胞核から長崎の出島のように出ているのが小胞体。小胞体の表面にたくさん付いているのがリボソーム。

リボソームの本来の仕事は、細胞の活動に必要な様々なたんぱく質を作ること。必要なたんぱく質の作り方は、細胞核の中にあるDNAに書かれている。必要に応じてDNAの一部が「mRNA(メッセンジャーRNA)」というRNAにはんこのように写し取られてリボソームまで配達されてくる。リボソームはこのmRNAを読んでたんぱく質を作る。

茶色の塊がリボソーム、リボソームにはさまれている青いひもがmRNA。リボソームはmRNAを読み取りながらたんぱく質をつむぎ出していく。

だが、リボソームはあほの子なので、与えられたRNAが自分の細胞核から配達されてきたものか、ウイルスから来たものかを区別できない。なので、ウイルスのRNAがリボソームにやって来ると、リボソームはウイルスRNAに書かれている「レプリカーゼ(RNAコピー機)の作り方」をまず読み、その通りにウイルスのレプリカーゼを作ってしまう。

新型コロナウイルスのRNAの地図。全長は約3万塩基。ORF1a,1b の部分に「レプリカーゼの作り方」が書かれている。Sはスパイク、EはEたんぱく質、Nはカプシドの作り方が書かれている部分。
Rastogi, M., Pandey, N., Shukla, A. et al. SARS coronavirus 2: from genome to infectome. Respir Res 21, 318 (2020).

でき上がったレプリカーゼは、ウイルスRNAをじゃんじゃんコピーし始める。オリジナルのウイルスRNAは1本しかないが、レプリカーゼはこれのコピーを何百本も作る。

リボソームはあほの子なので、これら大量にコピーされたウイルスRNAも次々に読み、「レプリカーゼの作り方」の続きの部分に書かれている「カプシドとスパイクの作り方」に従って、ウイルスのカプシドとスパイクを大量生産する。

3. パーツの組立

レプリカーゼによって大量コピーされたウイルスRNAは、リボソームが大量生産したカプシドのたんぱく質を静電気力で引き寄せる。カプシドたんぱく質はウイルスRNAの周りを覆うように自然に組み上がり、RNA入りのカプシド(ヌクレオカプシド)ができ上がる。

4. 放出

RNA入りのカプシドは、小胞体の膜や細胞膜から脂質をもらってまとい、エンベロープにする。このエンベロープにスパイクがくっつき、ウイルス粒子が完成する。

完成した大量のウイルス粒子は「あばよ」と細胞から出ていき、他の細胞に侵入したり、体外に排出されて他の宿主に感染したりする。

こうしてヒトの細胞がウイルス作りばかりやるようになったり、そうなった細胞を免疫細胞が「こいつ乗っ取られちゃったからもう殺そう」と言って殺したり、という反応が起こることで、新型コロナウイルス感染症の一連の症状が起こり、ひどい場合には死に至る。

mRNAワクチン(ファイザー製、モデルナ製)のしくみ

mRNAワクチンはざっくり以下の3つの材料でできている。

  • 脂質ナノ粒子(RNAを包む脂質の
  • RNA
    • このRNAにはコロナウイルスの「スパイクの作り方」だけが書かれている。
  • その他(ワクチンの働きを補う糖とか塩とかいろいろ)

mRNAワクチンは以下のステップでコロナウイルスの特徴をヒトの免疫系に覚えさせる。

1. 侵入

ワクチンの脂質ナノ粒子がヒトの細胞に取り込まれ、中からRNAが細胞内へと出て行く。

このRNAはリボソームへとふわふわ移動する。

2. スパイクの製造、分解

リボソームはワクチンのRNAを読み、コロナウイルスのスパイクを作り出す。

スパイクはウイルスがヒトの細胞に取り付くときに使われるものなので、ヒトの細胞の中にウイルスのスパイクだけがあっても特に何もしない。細胞内の「壊し屋」(たんぱく質分解酵素)によってスパイクはすぐに分解される。

3. 異物として記憶

スパイクの破片は異物(抗原)として免疫細胞に提示され、その特徴に関する情報が免疫系全体で認識・共有される。次にこの破片と同じ特徴を持つもの(コロナウイルス)が体内に侵入すると、免疫細胞たちが「これ進研ゼミで見たやつだ!」と気づいて事務所総出でぶっ殺しに行くようになる。これを「ワクチンによる免疫反応の誘導」という。

この、「ウイルスの特徴を免疫システムに覚えさせ、実際にウイルスが来たときにいち早く戦い、感染を許してしまっても重症化しないレベルに抑え込む」というのがワクチンの目的。

mRNAワクチンのよいところ

今までは、ウイルスの特徴をヒトの免疫系に覚えさせるためにはウイルス粒子そのものやその一部を何かしら体内に入れる必要があった。とはいえ、本物のウイルスに感染するわけにはいかないので、ワクチンは以下のような方法で「身体に覚えさせるけど病気にはならない」ようにしている。

  • 本物のウイルスだが、非常に弱い株に感染させる(生ワクチン)
  • 毒性、増殖性をなくしたウイルスに感染させる(不活化ワクチン)
  • ウイルスが生み出す毒素だけを身体に入れて「毒素の特徴」を覚えさせる(トキソイド)
  • ウイルスの「パーツのたんぱく質」だけを身体に入れる(組換えタンパクワクチン)

例えばインフルエンザのワクチンは不活化ワクチン。ただ、生産するのにニワトリの卵でウイルスを培養したりしなければならず、時間も手間もかかる。

mRNAワクチンはウイルスのパーツ(スパイク)の作り方が書かれたRNAだけを体に入れ、人間のリボソームにスパイクを作らせるので、ウイルス由来の物質をいっさい体に入れずに済み、ウイルスの培養も要らない。RNAは細胞核には入り込まないので、ウイルス由来の遺伝情報がヒトのDNAに入り込む可能性もない。ターゲットのウイルスが変異してもmRNAを書き換えるだけで対応できる。すごく良い。

レプリコンワクチンのしくみ

レプリコンワクチンはmRNAワクチンの改良版なので、材料は同じく以下3つ。

  • 脂質ナノ粒子
  • RNA
    • このRNAにはコロナウイルスの「スパイクの作り方」に加えて、「レプリカーゼ(= RNAコピー機)の作り方」も書かれている。← NEW!!
      • ※ ただし、このレプリカーゼのレシピはコロナウイルスのものではなく、別のウイルスのレプリカーゼのレシピが使われている。そっちの方がRNAが短くて済むとか、いろいろ理由があるっぽい。
  • その他

レプリコンワクチンは以下のステップではたらく。

1. 侵入

これはmRNAワクチンと同じ。

2. レプリカーゼの製造

レプリコンワクチンのRNAにはスパイクの作り方レプリカーゼの作り方が書かれており、ヒトの細胞のリボソームはこのRNAを読むと、まずレプリカーゼを作り出す。

でき上がったレプリカーゼがワクチンのRNAを大量にコピーする。

結果、レプリコンワクチンでは1本のオリジナルのワクチンRNAから同じRNAがたくさんできる。このように「自己増殖するゲノム」のことを「レプリコン (replicon)」という。レプリカ(複製)を作るからレプリコン。

3. スパイクの大量生産、分解

大量にコピーされたワクチンのRNAをリボソームが次々に読み取り、コロナウイルスのスパイクを大量に作り出す。

この大量のスパイクは、mRNAワクチンの場合と同じく、細胞内の「壊し屋」酵素によって分解される。

4. 異物として記憶

スパイクの破片が免疫細胞に提示されて記憶される。

レプリコンワクチンでは、普通のmRNAワクチンに比べて生産されるスパイクの数が桁違いに多いため、免疫細胞にもスパイクの特徴が強く記憶される。

レプリコンワクチンのよいところ

普通のmRNAワクチンよりも「ウイルスのスパイクの記憶」が免疫系に強く長く残る。つまり、ワクチンの効果が強く、長期間持続する。

逆に言えば、同じ強さ・持続期間の免疫を付けるために必要なワクチンの量が、これまでのmRNAワクチンより少なくて済む。

レプリコンワクチンとウイルスの違い

こうして見ていくと、レプリコンワクチンは「ゲノムが増える」という機能がいかにもウイルスっぽい。そのせいでいろんな心配が生まれるのだろうが、レプリコンワクチンとウイルスには本質的な違いがある。

ワクチンは完全なウイルス粒子を作らない

mRNAワクチンがヒトの細胞内で作るのはウイルスのスパイクだけ。その改良版であるレプリコンワクチンが作るのは、スパイクとレプリカーゼ(RNAコピー機)だけ。これらのパーツだけではウイルス粒子になりえない。凶悪犯の「人差し指」だけを大量生産して指紋を覚えさせるようなもので、凶悪犯自体を何百人も作るのではない。

細胞外に出て行くしくみがない

作られるのはスパイクとレプリカーゼのみなので、ウイルスのように細胞の外へと旅立つしくみがない。旅立つためにはカプシドとエンベロープというパーツが必要。

よって、「レプリコンワクチンを打つと他人に「ワクチン成分が感染」する」という話は単純に「間違った想像」である。もしそういうことが起こるなら、分子生物学における大発見になる。

すべてのものは分解される

これはウイルスでもワクチンでも同じだが、細胞外から侵入したものや侵入者が細胞内で作ったものはすべて、さまざまな酵素や免疫システムという細胞内の「壊し屋」によって分解される運命にある。RNAもレプリカーゼもスパイクも、ウイルスのカプシドやエンベロープも、数時間から長くても数日という時間で、すべて壊される。

よって、ウイルスでもワクチンでも、目的を実現するためには「壊し屋」による分解との競争になる。特にRNAは非常に簡単に壊れてしまうもろい分子なので、mRNAワクチンでは脂質ナノ粒子にくるんで細胞に入れるし、ウイルスの場合はカプシドという殻に守られて細胞に侵入する。それでも、細胞質に入って裸になったRNAはどんどん分解されていく。あとは、圧倒的な物量で分解に対抗し、短時間で仕事を終わらせるしかない。

そういう繊細なバランスの上に成り立っているものなので、レプリコンワクチンのRNAやレプリカーゼが「細胞の中でいつまでも働き続けてRNAを無限にコピーし続ける」といったことは、やりたくてもできない。これも「間違った想像」である。

細胞外から来るものたちだけでなく、ヒトの細胞自身を形づくるパーツも、壊し屋によって分解されては再生成され、数か月たてば完全に入れ替わる(これを細胞の「動的平衡」という)。

細胞自身のパーツは、古くなって壊されても細胞核のDNAに作り方が書かれているので、必要に応じて何度でも新しく作られる。細胞外から来たものは、作り方を書いたRNAが分解し尽くされればもう作れない。そこが本質的に違う。

ということで、レプリコンワクチンのしくみには、普通に考えれば特に恐れるような点はない。


10月からの接種は任意・有料であり、対象は65歳以上か基礎疾患を持つ人に限られている。自分は対象外だが、仮に打つ機会があるなら、俺はむしろレプリコンワクチンを積極的に選択したい。新しいもの好きだからというのもある。

日本で承認されているワクチンは5種類

  • ファイザー:mRNAワクチン
  • モデルナ:mRNAワクチン
  • Meiji Seikaファルマ:レプリコンワクチン
  • 第一三共:mRNAワクチン
  • 武田:組み換えタンパクワクチン

インフルのワクチンと同じく、自分で病院に行って打ってもらうので、どのワクチンを選べるかは市町村や病院の仕入れ次第。何を選べるか聞いて、レプリコンワクチンがいやなら選ばなければよい。

今のところ日本でしか承認されていない点を不安に思う人もいるようだが、欧州でも承認申請はすでに出されていて審査中。米国では申請準備の段階。

治験の段階で死人が出たとかいう無責任な噂もあるが、日本のPDMA(医薬品医療機器総合機構)がおこなった審査の報告書には、そのようなデータはない。

国内での第3相試験で約460人ずつの被験者について、レプリコンワクチンとファイザーのmRNAワクチンを接種した後の副反応が比較され、以下の事象の統計が事細かに載っている。

  • 特定有害事象(局所性(紅斑、腫脹、硬結、圧痛、疼痛)及び全身性(発熱、関節痛、悪寒、下痢、めまい、頭痛、倦怠感、悪心、嘔吐、筋肉痛)):治験薬接種後 7 日間
  • 特定外有害事象(治験薬接種後 7 日間における特定有害事象を除く):治験薬接種後 28 日間
  • 重篤な有害事象、注目すべき有害事象:治験薬接種 180 日間

結果、特定有害事象・特定外有害事象の発生頻度は、ファイザーのmRNAワクチンとMeiji Seikaファルマのレプリコンワクチンで、違いはなかった

さらに、「重篤な有害事象及び死亡に至った有害事象は認められなかった。」と書かれている。


そういえば、地元のクリニックで「当院はレプリコンワクチンを接種された方の立ち入りをお断り致します」とwebサイトに堂々と書いているところがあり、大変驚いた。上で書いた「しくみ」の話は高校生物+αくらいのレベルの知識だと思うが、医師免許を持つ医師でこういう人がいるのはよく分からない。

厚生労働省は当然、「レプリコンワクチンがうつる」といった事実はないと言っている。そりゃそうだ。

この風評はニュースにもなっている。

もちろん過去には、治験をやって国の承認を得たはずのワクチンで薬害が起こった事例があり、「想定外」が起こる可能性はいつでも頭の隅に置いておいた方がよいが、少なくともコロナ禍以降に出回っているmRNAワクチン・レプリコンワクチンのネガティブな風評には、科学的根拠がない。


雑談:ウイルスRNAの全長をコードした[mRNA|レプリコン]ワクチンは「人工ウイルス」になるか

どうなんですかね。ワクチンや薬を細胞内に運ぶしくみとして「ウイルス様粒子 (virus-like particle; VLP)」を使う研究はいろいろおこなわれている。倫理的問題は別にして、現在のmRNAワクチンに使われている脂質ナノ粒子に、スパイクやレプリカーゼのコードだけでなく、ウイルスRNA全体をそのまま入れ込んだら、それは「人工ウイルス」だろうか?

現状、mRNAワクチンのRNAは脂質ナノ粒子に入った状態でもやはり不安定で、ワクチンの保存には超低温が必要だったりする。実際のウイルスはそんな必要もなく感染していけるので、まだまだ「人工ウイルス」といえるレベルにはなっていないと言うべきだろう。つまり、ウイルスにあってmRNAワクチンにない要素がまだいろいろある。

ただ、いったん細胞にRNAが入ってしまったら、その後はRNAの増幅・部品生産・アセンブリ・出芽までしてもおかしくないかもしれない。分からないすね。SFのネタになりそう。