「ネビュラロマンス 前篇」

Perfume 8枚目くらいのオリジナルアルバム。円盤は10/30発売、配信は9/20から。40日も待てないのでまず配信で購入した。これはね、名盤ですよ奥さん。前作「PLASMA」より好きかも。

コンセプトアルバムと銘打っている通り、世界観が統一されていて聴きやすい。ざっくり言えば ’80s・スペーシー・ちょっとファンク。「Time Warp」「ポリゴンウェイヴ」の頃からの傾向を引き継いでいて、たぶん中田先生の中のトレンドとして、2010年代からの Vaporwave、Future Funk、Synthwave といったレトロフューチャー系音楽の流行にヒントを得ているのだと思う。といっても「ヒントを得ている」くらいのもので、作品自体がそういうジャンルに属する曲というわけでは全くない。そもそも歌モノですしね。もっと独特の、良い意味で異物感のある振り切れた音楽になっている。

このアルバムもそうだが、近年の Perfume はヴォーカルにエフェクトをかけた曲はもうほとんどない。ほぼ生声。あと、これは昔からだが、彼女たちは腹から声を出さない。熱唱しない。「座ってレコーディングする」といつも三人が言っている通り。結果的にピッチが不安定に揺らぐところが出てくる。それがいい。

今回、英語詞の曲も多いが、その発音も完全にジャパニーズイングリッシュで、英語としてはあんまり上手くない。そのたどたどしさがいい。

今の J-POP は「束ものアイドル」の時代が去って、技巧と歌唱力の時代にまた戻っていると思う。Ado とか藤井風とか YOASOBI とか、みんなやたら上手いし、ボーカロイドにしか歌えないようなすさまじいリズムと旋律と転調の曲を生身の幾田りらに歌わせたりしている。それもいいんだけど、技巧・歌唱力じゃないところにも感動は生まれるものでしょ、むしろ白紙で提示する方が聴き手がいろんな感情を乗せやすくないですか? という問いを中田ヤスタカは昔からずっと投げかけていて、この「ネビュラロマンス 前篇」では彼の試みがかなり良い到達点を迎えているように思った。

Perfume の三人の声には危うさや揺らぎがあって、切ない。母親が子供を寝かしつけるときに歌う、決して上手くない子守歌のような、あるいは放課後に女子高生が独り、屋上で夕焼けを見ながら口ずさむ歌みたいな、侘び寂がある。フジファブリックの「若者のすべて」が心を揺さぶるのは、志村正彦のヴォーカルが上手いからではないですよね。あれに近い感覚を今の Perfume の声は持っている。不完全性や壊れやすさを愛でるような、今の J-POP の主流ではないけどきわめて日本的な美意識を中田先生は持っていて、それをうまく具現化したのがこの「ネビュラロマンス 前篇」という気がする。なので、名盤です。

あと、これは三人の声の神秘なのだが、Perfume の三人は声質がかなり違うにもかかわらず、声をきっちり重ねることができる。完全に重なると、三人のどの声とも違う、第四の人格みたいな別の女の子の声が出現するんですよ。光の三原色を混ぜると白になるみたいな。で、ちょっとだけずらすと、白の端っこに三つの色がちょっとだけ見えたりする。このアルバムの曲でも、完全にユニゾンさせるところと、それぞれの声の個性が際立つところが代わる代わる出てきて、それを追いかけるだけでも楽しい。

レコーディングでは一人ずつフルコーラスを録って中田氏がエディットすると言っていたので、声の重畳は機材の中でやっているのだと思うが、三人は生で同時に発声するときも完全に重ねることができると言っていた。キリン「氷結」のCM撮影の時だったと思うが、「合わせすぎると一人の声みたいに聞こえてしまうのでわざと少しだけずらす」と言っていたことがある。技巧とは別の評価軸でやっていると書いたが、本人たちのスキルを見れば歌もダンスも技巧の塊みたいな人たちである、という点も忘れてはならない。

J-POP のメインストリームにはたぶんならないけど、世界の一部で非常に濃いファンが付くような音楽を、中田ヤスタカと Perfume にはこれからも作り続けていって欲しい。「後篇」も楽しみすぎる。

公式 YouTube チャンネルでアルバム全曲が再生リストとしてフル公開されている。何という大盤振る舞い。もはや楽曲自体で売上を立てる時代は終わったということか。

今回は本当に全曲いいのだが、「Cosmic Treat」「メビウス」がかなり好き。「メビウス」は JAXA か国立天文台のプロジェクトの公式ソングに今すぐ採用すべき。