空気望遠鏡

校正仕事をしていて気づいたのだが、俺が「空気望遠鏡」だと思っていたものは空気望遠鏡ではないのかもしれない。

17世紀の「空気望遠鏡」の例として、ヘヴェリウスのこの望遠鏡がよく登場する。俺も、空気望遠鏡と言えばこれだと思っていた。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Houghton_Typ_620.73.451_-_Johannes_Hevelius,_Machinae_coelestis,_1673.jpg

しかしWikipedia英語版を見ると、このヘヴェリウスの望遠鏡は空気望遠鏡 (aerial telescope) とはされていない。この望遠鏡は長い板に等間隔で絞り板を取り付けて迷光を遮光する方式になっているので、対物レンズと接眼部の間は閉じた鏡筒ではないものの、ソリッドな構造物(長い板)で結合されており、”very long “tubed” telescopes” の例だとされている。

上記のWikipedia記事や The History of the Telescope (King, 2011) という文献で tubeless な空気望遠鏡の発明者とされているのは、クリスティアーン・ホイヘンス。彼は対物レンズ部を高いマストの上に設置し、ボールジョイントで方向を自由に変えられるようにして、接眼部との間をワイヤーでつないだ。対物部と接眼部はソリッドな鏡筒や板・棒で結合されておらず、ぶらぶらしている。観測者はワイヤーをピンと張って望遠鏡を覗く。これが最初の空気望遠鏡らしい。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Huygens_Aerial_telescope,_1684.jpg

言われてみれば、閉じた鏡筒で光路が覆われていない=空気望遠鏡という定義だと、すばる望遠鏡をはじめとする現代の大望遠鏡も、オープンなトラス鏡筒なんだから全部空気望遠鏡じゃんということになってしまう。それはなんかおかしい。

科学史や理科教育の世界では、日本語で流布している話と海外で流布している話が違うというケースがちょくちょくある。俗説を鵜呑みにしないように注意しなければならない。