NASA予算削減案の続報(Ars Technica, Oct 9, 2025)

春にやったお仕事で、普通に納品してギャラもいただいたのだが、世に出ていないものがある。とある研究機関の web 記事のお仕事だったが、何で出ないのかな、あんまり出来が良くなかったかな、と気になって少し前に先方の担当の方に問い合わせた。

曰く、あとは公開するだけなのだが、時間が取れない、とのことだった。トランプ政権の影響で、プロジェクトの見直しやら、米国で研究できなくなった人たちの臨時受け入れやら、いろんなことが発生して会議に追われている、と。なかなか大変だ。


第2次トランプ政権ではいまだ正式なNASA長官が決まっておらず、代理職が続いている。下の Wikipedia の表で色が付いているのが歴代の代理職。

第1次トランプ政権では政権発足の翌年4月までNASA長官が決まらなかったので、わりとどうでもいいと思っているのかもしれない。

当初トランプは、Inspiration4 で初の民間人のみによる宇宙飛行をやり、Polaris Dawn で初の民間人の船外活動も成功させた実業家のジャレド・アイザックマンをNASA長官に指名していたが、5月末に取り下げた。アイザックマンはイーロン・マスクと仲良しだったので、マスクが政権から抜けた段階でアイザックマンも排除されたという感じ。アイザックマンはわりとNASAの現場に友好的な人物で、トランプ政権が2026年のNASA予算を対前年比で24%削減し、科学予算に限ってはほぼ半減するという地獄のような案を出したときには反対したと言われている。このへんも政権側は気に入らなかったのだろう。


米国では10月から会計新年度が始まった。連邦予算は成立していない。つなぎ予算も否決されたので連邦政府の機能が一部止まっている。米国の連邦予算は大統領ではなく議会側に編成の権限があり、大統領案はあくまでも議会が参考にする程度の位置づけらしい。今は上院案・下院案が出ている段階。議会の予算案が可決されると大統領が署名して成立するが、ここで大統領は拒否権を発動でき、そうなると議会側が 2/3 の多数で再可決しないと成立しないらしい。上下院とも共和党が多数だが伯仲しているのでなかなか大変。トランプのNASA予算削減案がどうなるかはまだ全然分からない。科学者たちは反対デモなどの行動をしている


Ars Technica に予算案の続報が載っていたので訳してみる。とりあえずOSIRIS-APEXは復活する模様。

トランプの予算削減からNASAの科学ミッションが1件救われ、他はまだ不確定

「被害は既に生じている。資金が復活しても人材は失われたままだ」

Stephen Clark – 2025年10月9日 8:56

NASAは2029年に地球に異例の接近をする小惑星を探査するミッションの科学者に、救いの手を差し伸べた。トランプ政権が計画していたミッション中止の方針を覆すものだ。

「OSIRIS-APEX」と名付けられたこのミッションは、ホワイトハウスが今年初めに発表した予算案で中止が提案された19件のNASA科学ミッションの一つである。

アリゾナ大学のOSIRIS-APEX主任研究者、Dani DellaGiustina氏は「私たちは大統領の予算要求の一部として中止を求められていましたが、わずか2週間前に復活し、2026会計年度にミッションを進めるプランが与えられました」と述べた。「探査機は順調のようです」。

OSIRIS-APEXはNASAの小惑星サンプルリターンミッション OSIRIS-REx の探査機を再利用するものだ。同機は2023年に貴重な地球外物質を地球に投下した。探査機は良好な状態で燃料も十分に残っているため、NASA は別の小惑星「アポフィス」を同機に探査させることにした。アポフィスは2029年4月13日に地球から32000kmの位置を通過する。

アポフィスの接近通過は、科学者にとっては潜在的な脅威を持つ小惑星を間近で見られる絶好の機会となる。アポフィスは平均半径が約340mの不規則な形をしていて、地球に衝突すれば局地的に壊滅的被害をもたらす大きさだ。この小惑星が2029年や今後100年間に地球に衝突する可能性はないが、太陽を公転するたびに地球軌道と交差するので、長期的なリスクはゼロではない。

具体的な話をするのは大事

OSIRIS-APEXは5月までは順調だったが、そこでホワイトハウス当局者がミッション中止の意向を示した。トランプ政権がNASAが運用中の19件のミッションを打ち切るよう提案したのは、10月1日に始まった2026会計年度に対するホワイトハウスの予算要求でNASAの科学予算の約50%を削減する措置の一環だった。

上下両院の議員たちは科学予算削減案のほぼ全てを否決する動きを見せており、上院案ではNASA科学部門の予算を2025会計年度と同額の73億ドルに維持する一方、下院案では60億ドルに削減している。それでもホワイトハウス予算案の39億ドルという科学予算を大幅に上回っている。

この夏の一時期、トランプ政権が任命したNASAの官僚たちはトランプの予算削減が実施されるという前提で来年の計画を立てるよう管理職に指示していた。しかし先月、ついに彼ら官僚は方針を変え、下院の歳出法案に従うよう職員に指示した。

上下両院はまだ最終的な予算額で合意にいたっておらず、トランプ大統領の署名を得るための歳出法案をホワイトハウスに送付していない。これが、連邦政府が先週から一部閉鎖された理由だ。閉鎖されているにもかかわらず、地上チームはまだNASAの科学ミッションを運用している。中断すれば取り返しの付かない損害が生じるおそれがあるからだ。

下院案ならNASAの計画の大半が救われるはずだが、それでもなお、NASA科学プログラムが昨年得た金額よりは13億ドル少ない。つまり、一部は削減を免れないということだ。トランプ政権が終了対象とした他の運用ミッションの多くが、依然として削減の俎上にある。

OSIRIS-APEXがこの運命を逃れた理由は単純だ。議員たちが下院予算案の中で2000万ドルを特別計上 (earmark) したためである。他のほとんどのミッションはこれと同様の特別扱いを受けられなかった。OSIRIS-APEXは議会に味方がいたようだ。

下院予算委員会は、NASAが2026会計年度においてOSIRIS-APEXに2000万ドルを拠出することを明記した。

トランプ政権が中止を望みながら、下院予算案で同様の特別計上を受けた唯一の運用ミッションが、「磁気圏マルチスケールミッション (MMS)」である。このミッションでは2015年から4機の探査機群が地球磁気圏を調査している。議員たちは2026年のMMSの運用に2000万ドルを拠出する意向だ。Ars は水曜日の時点ではMMSミッションの状況を確認できなかった。

トランプの予算削減案で中止とされている残り17件のミッションは依然として宙ぶらりんの状態だ。政権がこれらのミッションの中止に進むかもしれない懸念材料がある。今年初め、NASAは中止のリスクがある19件のミッションの責任者に対し、ミッション終了に向けた予備計画を作成するよう指示した。

あるプロジェクトの科学者は Ars の取材に対し、NASAが最近、今年末までに探査機を「活動停止 (passivate)」させるためのより詳細な「終了計画」を求めたと明らかにした。これはNASAが夏に求めた終了計画よりも一歩進んだ措置だ。活動停止とは宇宙機の標準的な最終措置であり、技術者は残存燃料の放出とバッテリーの放電を指令し、完全に無反応状態にする。これにより、誰かが再び通信を試みてもミッションは回復不能となる。

この科学者は、NASAの資金が昨年の水準まで回復し、ミッションを中止から守る文言が盛り込まれた予算が成立するまでは、終了対象のどのミッションも危機を免れないだろうと述べた。

既に生じた損害

OSIRIS-APEXは再びアポフィス探査にゴーサインが出たものの、DellaGuistina氏は予算削減によって苦渋の選択を迫られたと述べた。このミッションの科学チームは2027年のある時期まで「基本的には休止状態」にあり、少なくとも今後1年半は一切の計画策定に参加できない。

この状況は、OSIRIS-APEXがアポフィスで発見する事物のための訓練をする目的でミッションに参加した若手科学者に大きな影響を与えていると、DellaGuistina氏は火曜日の全米科学アカデミーのアストロバイオロジー・惑星科学委員会の会合で述べた。

「アポフィスでの科学観測を減らす必要はないと見込んでいます」と彼女は語った。だが予算削減は、2020年に小惑星ベヌーに短時間着陸してサンプルを採取したことで汚れた探査機の科学装置を再較正するような作業には影響がある。

「確実に私たちの準備態勢は損なわれています」とDellaGuistina氏は述べた。「しかしそれでも、予算が復活したのは喜ばしいことです。現時点では、これ以上の結果は望めないと思います」。

予算削減によるもう一つの影響は、探査機運用に関する専門知識が流出してしまっているという点だ。OSIRIS-APEX(元OSIRIS-REx)はロッキード・マーティン社で製造され、太陽系内を飛行する同機へのコマンド送信とテレメトリの受信も同社が担当している。予算削減によって、ロッキード社の技術者の一部が惑星科学ミッションから軍事宇宙プログラムなどの別分野に異動した。

NASAの決定を待っている運用中ミッションには、チャンドラX線天文台、星間空間に向かって飛行中のニューホライズンズ、火星の大気を調査しているMAVEN、そして地球の気候を監視しているいくつかの衛星などがある。

これらのミッションの将来は依然として不透明だ。あるプロジェクトの上級幹部は、彼らには「別途指示があるまで運用を続ける」ということ以外に「まったく指示がない」と述べている。

ホワイトハウスが中止を望んだ他のミッションの一つが、2機の探査機が月を周回して月の磁場をマッピングする「THEMIS」だ。このミッションの主任科学者、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のVassilis Angelopoulos氏は、彼のチームは2026会計年度に「部分的な資金提供」を受けると述べた。

「これは良い知らせだが、一方で科学研究者への資金が打ち切られるということでもある」とAngelopoulos氏は Ars に語った。「結果として米国は、技術開発に投じてきた数十億ドル規模の投資から得られるはずの科学的成果を十分に得られていません」。

数字で示すと、科学支援団体の「惑星協会」によれば、すでに宇宙に打ち上げられているミッションでトランプ政権が中止を望んでいるものには、設計と製造に累計で120億ドルの投資がされている。Ars の試算では、中止予定の運用中ミッションに使われる税金は年間3億ドル未満で、NASAの年間予算の1〜2%である。

NASAの科学プログラムの支持者たちは今週、米議会議事堂に集まり、この脅威を訴えた。Angelopoulosさんは、科学者や一般市民からの抗議が効果を上げているようだと述べた。

「下院予算案が出たことは、有権者の圧力が効果を発揮しつつある証拠だとみています」と彼は言った。「残念ながら、すでに損害は生じています。たとえ資金が復活しても、すでに人材は失われています」。

一部の科学者は、たとえ議会が予算を承認しても、トランプ政権が特定のプログラムへの資金提供を保留しようとするかもしれないと懸念している。そうなれば法廷闘争になる可能性もある。

MAVEN火星ミッションの元主任科学者であるBruce Jakosky氏は、この懸念を挙げている。彼は、NASAが現在、下院の提示した予算案を前提に計画を進めているのは「前向きな一歩」だと述べた。だが、問題が一つある。

「たとえ議会が可決した予算が法律として成立したとしても、大統領は法的に義務づけられた支出をしないことにためらいをまったく見せていない」と、Jakosky氏は Ars へのメールで書いている。「つまり、予算が成立しただけでは終わりではなく、MAVENの科学・運用チームに資金が配分されたとしてもそれで終わりではないのです——資金が実際に使われて初めて、取り消されないという保証が得られるのです」。

「つまり、不確実性は会計年度全体を通じて私たちに付きまとうということです」と彼は述べた。「この不確実性が士気の低下を招くのは間違いありません」。

(訳出終わり)


earmark というのは「家畜の耳に付ける目印」という意味で、そこから「資金の中で特別に確保しておく使途」のような意味があるらしい。連邦予算の採決を巡っては、ロビイングで議員に取り入って特定項目に予算を付けてもらう earmark が常態化していると。OSIRIS-APEX のグループにはそういう政治が上手い人がいたということか。キナ臭い世界だ。