夏休みの定番の苦行で、毎年ぎりぎりまで着手せず、8月最終週に入ってから母親に怒られつつ嫌々書いていた。本当に嫌いだったのだが、なぜか頻繁に表彰され、担任の先生が俺の感想文を市の文芸賞にも応募してそっちでも賞をもらったりした。
確か小学校では400字詰め×3枚だったと思うが、これを埋めるのが最初は辛かった。読みたくもない本の感想なんて、修辞も知らない小学生の脳味噌では、どう引き伸ばしても200字で終わってしまう。
だが、読書感想文コンクールの入賞作をどういうわけか何かの雑誌か文集で読む機会があって、そういう「上手いとされる感想文」をいくつか読んだ結果、読書感想文というものはバカ正直に本の感想だけを書くのではなく、本とは関係のない自分の体験を書いて原稿用紙のマス目を埋めればいいのだ、と気づいた。
- まず冒頭に、本の感想を書く。200字でよい。
- 次に、1. の感想と関係をこじつけることができそうな、自分の体験について書く。本の主人公が辛い体験をしているなら、自分が辛いと思った体験を書く。主人公が旅をしているなら、自分の旅行や外出の体験を書く。これは自分の体験なので、600字くらいは余裕でいける。
- 次に、2. の体験をした自分と本の主人公を比べてみて、似ている点を書く。「主人公はどこそこの場面で悲しい思いをしていたが、自分も 2. で書いた体験でこういう悲しい思いをした、○○なところが同じだったと思う」、みたいな。
- 次に、自分と主人公を比べて、何が違っているかを書く。どう書いてもいいが、賞を取りたいならあえてここでは自分を「下げ」、自分の足りないところに気づいたふりをするとよい。「自分はあのときにこう思ってしまったけど、主人公はこうだった、偉いと思う」、みたいな。3. と 4. で合わせて400字はいける。
- もし 3. + 4. で400字に足りないようなら、主人公だけでなくサブキャラについても同じように、自分と比べて似ている点・違っている点を書けばよい。
- これでもう1200字埋まった。最後にまとめとして、「これから自分が生活する上で、○○の場面の主人公のように、××のようにしていきたい」とか、大人が喜びそうなことを書いて締めれば完璧だ。
重要なことは、100%本心でなくてもいいという点だ。マス目が埋まればいい。純粋な自分の本心を文章の形にまとめる訓練も人間には必要だが、それは夏休みにやらなくてもいい。夏休みはプールで泳いだりカブトムシを捕ったり星を見たりして過ごすのが正しい。
俺はこれで何度も賞状をもらった。上のようなパターン、つまり「文章の設計図」に従って書くことを覚えてから、1200字という字数があまり苦にならなくなった。
好きでもない本を読まされて、上のパターンに従って、全部が本心でもない文章を書いて、字数が埋まったからまあいいや、と提出したものがなぜか先生に受けて表彰されたりして、「なんか世の中、くだらねぇな」と子供心にも思っていたが、世に出回る文章には必ず論理構成や型があり、読書感想文はその型を身に付けさせる教育なのだと思えばよい。
絵の世界にも、いわゆる自己表現や芸術としての絵画と、物体の寸法や形状を説明するための図面やイラストレーションがあるように、文章にも文芸とテクニカルライティングがある。読書感想文は一見文芸のようだが、実はテクニカルライティングの訓練なのだと自分は思っている。
だから、「嘘は書きたくないけど、自分が思ったことだけじゃ1200字なんて全然埋まらないよー」とか、あまり深刻に悩まなくて大丈夫。この世に存在する文章の大半は、誰かを喜ばせるために書かれた、心にもない言葉でできている。そういう文章を書いてお金をいただくことが穢れた行為ということでもない。たいていの大人はそうやって生きています。