ジャポニカ学習帳

最初と最後のページに載っていた読み物が好きだった。

ミケランジェロがダビデ像を完成させたとき、偉い人が見に来て「ふむ、なかなか良いが、鼻が少し高すぎやしないかね」と言った。ミケランジェロは「なるほど、承知しました」と言って鑿を持って梯子を上り、ダビデの鼻の部分をカンカンと鑿で削るふりをしながら、こっそり手に握っていた石の粉をぱらぱらと落とした。それから下へ降りて「いかがでしょう」と尋ねると、偉い人は「うむ、良くなった」と満足して帰っていった。

…という話が載っていたのを今でも覚えている。たいていの人は物の本質など見ていない、というお話。

「ジャポニカ ミケランジェロ」で検索したら、この読み物を覚えている人がすぐ見つかった。ネットは凄い。

この手の話はたいてい出所不明とか後世の創作とかが多いが、ミケランジェロのこのエピソードはヴァザーリの有名な『芸術家列伝』に出てくる話だった。

この像を目の当りにしたピエーロ・ソデリーニは非常に満足したが、ミケランジェロがいくつかの部分に再び手を入れた際に、彼に向かって、この像の鼻は大きすぎるように見えるといった。ミケランジェロは、市政長官が巨像の下におり、そこから見たのでは実際に彫っているところが見えないとわかっていたので、彼を満足させるために、肩のかたわらにある足場の上に登り、すばやく左手に鑿を取った。足場の架台の上にあった大理石のわずかな粉といっしょに取り上げ、鑿で軽くとんとんやり始めると同時に、少しずつ粉が落ちていくようにした。実際には、鼻に手をかけはしなかったのである。それから、見守っていた市政長官のほうを見おろして言った。「さあ、見てごらんなさい」。「うん、ずっと気に入ったぞ」。「君はそれに命を与えたわけだな」。市政長官は言った。それでミケランジェロは下におりたが、なんでもわかっているような振りをしたがり、そのくせ自分で言っていることがわかってもいない人々に同情しながらも、苦笑していた。

ジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝3 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ』田中英道・森雅彦訳、白水社、2011

ヴァザーリ(1511–1574)はミケランジェロ(1475–1564)と親交があったが、ダビデ像は1504年完成なのでヴァザーリ自身はこの話をリアルタイムで見聞したわけではないはず。